変わったこと


引越しをして、台所が広くなったおかげで久しぶりに自炊が楽しい。作り置きのおかずを片付けると、これで次のものが作れるぞ、と思うくらいには楽しい。
今は週の半分が在宅勤務なので、仕事の合間に料理をするのが良い気分転換にもなっていて、大して運動もしてないのにきちんとお腹が空くのは不思議だけど、3食きちんと食べているおかげか、心なしか体調も良い。

せっかくなので、ホーローのタッパーをもう一つ買い足したいなと思ったものの、近所で売っている店は閉まっているし、ネットで買うにしても最近は注文してもいつになるかわからないものが多い(買おうとしたタッパーもそうだった)。
そもそも、些細なものを配達してもらうのは申し訳ない気もするし、それならまあ、あるもので済ませようかな、と思うことも増えた。

そんな生活も、あともう少しで終わるのかも知れない。ここ数ヶ月は、どう振る舞うのが正解なのかが刻一刻と変化していて混乱するけれど、きっと元通りではないとしても、きっと終わるのだろう。
今見えている問題はまだほんの一部で、終わったあとに明らかになることがたくさんあるのだろうし、それに対処するためにも早く動かなければならないとも思う。
ただ、不安も多いとは言え、生活のことに集中していられる時間が多いのは穏やかなことでもあった。

引っ越してからの出勤は毎朝座れている。だからまだこの最寄り駅からの混雑具合を知らなくて、余計にあの満員電車の日々のことが嘘のようだ。満員電車で有名(?)な小田急線育ちなので、満員電車に乗るコツは心を無にすることだよなんて言って笑っていたこともある。
けれど今は、感染リスクを抜きにしても、人と密着して通勤電車に乗るということは正気ではないように思えるし、想像するだけで億劫だ(少なくとも満員電車についてはあれが恋しい、と思う人の方が少ないだろう)。

家族や友人と会いづらかったり、外で食事をできなかったり、映画館にいけないのは寂しいけれど、そういうのは主に休日の出来事であって、
どのように働きたいかという形はこの数ヶ月でかなり変化した。この感覚が元に戻るのか、戻って欲しいのかはわからない。

Rちゃんの洗濯機

先日、友人の家に遊びに行った時……と言っても、新型コロナウイルスの騒ぎが起こる前のことなので、先日というには昔過ぎるように感じるのだけど、
ともかくその時に、かつて使っていた貰い物の冷蔵庫に名前をつけていた、という話を聞いた。そこから、初めて一人暮らしをした時、家財のほとんどは貰い物だったという話になって、
そういえば私も、初めて一人暮らしをする時、新たに買ったものは冷蔵庫とガスコンロ、そして机くらいのもので、そのほかはほとんど、貰うか実家から持っていったものだったなと思い出していた。

そしてその、貰い物の一つである洗濯機を先日の引っ越しの際、ついに買いかえることにした。

その洗濯機(名前はなかった)は、初めて一人暮らしをする、数年前にもらったものだった。
いわゆる氷河期世代であった私は大学卒業後、まずはアルバイト先に就職をし、その後しばらく契約社員生活をしながら週2コマの専門学校に通い、卒業後失業保険をもらいながら就職活動をして、どうにか初めての正社員になる…という過程に20代の半ばまでを費やした。
そうして初めての正社員(期限付きではない働き先、という意識だった)になった時、次に思いついたのは1人暮らしをすることだった。そしてその話をした時、ちょうど結婚を機に家電の処分を考えていたという契約社員時代の友人(というには今はもう疎遠になってしまった)であるRちゃんに、洗濯機を譲ってもらうことにしたのだった。
しかし、その初めての正社員時代はなかなかにきついもので(まあなんていうかブラックだった)、物件を2つくらいはみたものの、結局1人暮らしが決まるより先に転職を考えることになった。
そうして、Rちゃんにもらった洗濯機はしばらく、実家の玄関に鎮座することになった。玄関に洗濯機があるので、6人家族である我が家の入り口は当然、人1人が通れるかどうかという狭さになったのだが、よく皆文句を言わなかったものだと思う。気を使われていたのかもしれない。

ともかく、そんなわけでひたすらときメモGSなどをやりながら就職活動をし、次の勤め先を見つけ、1年ほど経ってここは長く勤められそうだと思ったところでようやく、再び1人暮らしをしようと思い立ったのだった。

約2年ほどの間、本来の役目を果たさず玄関に放置されていた洗濯機も、ようやく狭い台所のシンク横に設置され稼働し始めた。脱水の際に激しく揺れるので、慌てて抱きしめたこともある。そのうちに、少量で洗濯しなければさほど揺れないということを学習し、やがて私は彼女とうまく付き合えるようになった。

次の家は、洗濯機が外置きだった。
最初の家は19平米だった、ということを先日処分した書類で知ったのだけど、あまりにも物に埋もれすぎていて、そのうち「こんなところにもうひと部屋あった!」とぬか喜びする夢を見るようになり引越しを決めた。
そんなわけで、まず広さが優先、しかし家賃は上げたくない……ということで妥協したのが洗濯機の外置きだったのだ。
日当たりの良いベランダで、洗濯機は室内置きの頃よりも調子が良いようだった(おそらく下に敷いたクッションが良かった)。カバーをかけていたけれど、台風が来ればボロボロになり、年1回くらいでカバーを買い換えた。
ベランダに洗濯機があるというのは、洗濯物を干すには大変便利で、その生活もなかなか気に入っていたのだけど、

昨年の台風19号被害の頃だっただろうか。また洗濯機カバーがボロボロになり、また新しいのを買うか…とAmazonの注文履歴を確認していたところで、
ふと、そろそろ新しい洗濯機を買ってもいいような気がした。そして新しい洗濯機を置くなら室内置きができる部屋に引っ越すべきだと思い、諸々あり、今に至る。

引越し当日、洗濯機を取り外した業者の人は「これは相当年季入ってるっすね」といった。確かに、カバーが外れやすかった蓋のプラスチックは劣化していたが、カバーを外した本体部分はまだきれいじゃないか、と私は思った。
しかし、引取のためにいったん新居に運んでみると、それはやはり、相当年季が入っていた。もらった時ですでに5年くらいは使われていたはずだから、17年以上は使ったことになる。Rちゃんとはその間一度も会っていない。電子レンジをくれたKちゃんとも、もう5年くらい会っていない。

引越して翌日の朝、新しい洗濯機が届いた。白くてピカピカで乾燥までできて、洗い終わるとメロディが流れるのがかわいい。しかし私にしては相当高価な買い物であったため、まだ少しよそよそしい感じがする。
そして時折、料理の途中でガタガタ暴れる洗濯機をなだめたことを思い出す。台風の時、カバーが飛ばされていないか何度も確認したのを思い出す。蓋は劣化しているのに中は綺麗で、あのままもう10年くらいは使えたんじゃないかという気もする。
まだ使えるものを捨ててしまうのは申し訳ない。
せめて、新しい洗濯機も、そのくらい長く使えるよう大事にしようと思い、今日はフィルターの掃除をした。新しい洗濯機とも、少しだけ距離が縮まったような気がした。

引越し日記

GWは引っ越しをしていました。

前日

引っ越し業者さんから届いた段ボール25枚に荷物を詰め終わり、微妙にあと2、3枚は必要だな…という状況になってスーパーにもらいに行くことにした。そのついでに、あの感動的においしいお弁当の食べ納めをした。段ボールを抱えたまま受け取りに行ったので「荷物大きいですね」「引っ越しの荷造りで」みたいな会話をちらりとする。本当は、この街最後の夜はここでご飯を食べようと思っていた。弁当は今日もおいしかった。
夕方、明日の引っ越しが朝8時からに決まる(時間帯をあらかじめ指定しないことで安くなるプランだった)。早起きが苦手な私は一気に気が重くなり、早々に布団に入ったはいいが全く寝付けずに朝になった。受験の日のようだった。

当日

眠れてないので完全に体がだるいのだけど、眠れないので5時くらいには観念して起床、寝具とTVとネット関連の配線を荷造りして引っ越し業者さんを待つ。少し心配だったのが、もしかすると本(漫画)の量が多いかもしれない…ということで、自分ではかなり減らしたつもりだったけれど、段ボール25箱中、少なくとも20箱には全て半分ほど本が入っている…という有様だった。25箱以外にも、自宅にあった小さめの段ボールには本(漫画)だけを詰めたものもある。でもほとんどの本を実家においてきた(すみません)身からすると、この程度は許容範囲なのではないかという気もする。

やってきた業者さんはベテラン風の明るいおじさん1人と、体格のよい若者2人だった。
どうやら搬出をおじさんが担当し、玄関からトラックまでを若者2人が担当するという分担だったのだけど、室内の段ボールを持ち上げたおじさんが「これは…(苦笑)」となったのは忘れられない。託された若者たちも「グァー」「やべー」「ヒー!」などと叫び声を漏らしている。それをぺこぺこと頭を下げつつできるだけ邪魔にならない立ち位置で見守り、
搬出が終わった後、電車で「引っ越し 心づけ」と検索をしながら新居へと向かった。
手伝いに来てくれた妹に先に新居で待っていてもらったのだけど、業者さんとはほぼ同時に到着した。
彼らの搬入をまたしてもすみっこでじゃまにならないよう見守る。これはどこにおきます?と次々聞かれるので、あらかじめ家具の配置を決めて置くのは大事だなと思った。
あっという間に搬入が終わり、業者さんには支払い(心づけも渡した)完了。

次は購入したベッドの搬入のために場所を空けなければならないターンだったのだけど、この時点で12時近い。朝から何も食べていなかったのでそろそろお昼にしよう、と気になっていたカレー屋さんに向かった。テイクアウトをやっているというのは売主さんから聞いて知っていたのだけど、この日もやっていてよかった。
カレーは五臓六腑に染み渡るおいしさでした。

そこから、ベッドの搬入、既存家具への追加パーツの取り付け、などを妹に手伝ってもらいながら、今日1人だったら完全に無理だったなーと痛感。手伝ってくれたのもありがたかったし、それ以上に久々にたくさん話ができて楽しかった。
16時頃、妹を駅まで送り、おいしいスコーンをおすすめなどして別れた。

1人になると、どっっと疲れが押し寄せてきて「あーこれが疲れるってやつか」と久しぶりに思った。疲れ度合いでいうと、ディズニーランドで開演から閉園まで遊び倒した日の東京駅に着いたくらいだろうか。
片付けは全て明日にまわし、風呂に入りご飯(レンジパスタ)を食べる。パスタに添付の「ふりかけ」をかけるのを断念するくらいには疲れていた。
とにかく眠る前にネットの接続だけしとこう…と思い届いていたONU(モデムだと思ってたけどONUっていうらしい)の配線をするが、着くはずのランプが点灯しない。
携帯であれこれ調べ、なんだかめんどくさそうな予感がするーーーーと不安になりながら就寝。
まだカーテンが届いていなかったので窓は全開だが、疲れているのでそれどころじゃなかった。新しいベッドからは、スプリングの音がする。
(ちなみにベッドは無印良品で買ったのだが、いろいろあってひと月ほど前から取り置きしてたはずのベッドが売り切れてしまった…という連絡があり、でもその代替品でよければ割引します、という提案もあって、めちゃくちゃ安く買えたので大満足している。)

翌日

インターネット回線の夢を見て目が覚める。我ながら考えてることが夢に出やすいタイプである。
早速サポートセンターに電話をしてONUのランプがつかない時はどうしたらいいですかと相談をしたところ、
「まずはもう1回配線をやり直してみましょう」と言われ、素直にもう一回差し込み直したらランプが全部つきました。再起動でなおるやつだった。本当にありがとうございますーー!とテンション高めにお礼を言って、晴れやかな気持ちで1日をスタートする。

今回の引っ越しにおける最大の懸案事項が粗大ゴミの処分だった。
前の部屋はエレベーターなしの3階ということもあり、自力で降ろすのは難しい=自治体の粗大ゴミ回収を利用するのは難しい粗大ゴミがいくつかあった。しかしネットで検索していると不穏な「見積もりよりも高額な請求をされた」系の口コミが大量に見つかるので、二の足を踏んでしまう。
いろんな人にたずねまわって、最終的には「くらしのマーケット」というところで高評価のお店に依頼するのがよさそうだ、という結論に達したのだけれどこれが本当によかった。
マットレス、CDラック、スチールラック、テレビ台、ガスコンロ、ウッドカーペット(激重)
これら全部で14000円(+細いのに長いせいで粗大ゴミ扱いになるので持て余していた突っ張り棒もただで追加させてくれた)の回収費となり、結果的には大満足。またなにかあったらここに頼もう、と思った(帰宅して即称賛の口コミを投稿した)。
その後、水周りや床の掃除をして、持ち帰るものをまとめて、退去。
ばったり隣人に出くわしたので、余っていた有料ゴミ袋をあげたりした(会話をしたのはそれが初めてだった)。

この街がとても気に入って、ここに永住するのもいいな〜、なんて思ったのが物件探しのひとつのきっかけだったので、結果的に別の街(とはいえ近いけれど)に越すのは少し寂しい。
でも新しい街というのもそれはそれでわくわくするものだ。
はやく自転車を修理に出して、周辺を見て回りたい。

未来

家で過ごすのは好きだけど、先々の予定が見通せないという状態は落ち着かない。
1週間後ですらどうなっているのかわからない現状と、しかし時間はあるのだから何か有意義なことをしたい……という漠然とした焦りとの狭間で、コーヒーを飲んだり、Netflixを眺めたり、何を食べようか考えたり、散歩をしたり、風呂で本を読んだり、荷造りをしたり仕事したりしている。

少なくとも月末には引っ越しをする、という短期的目標があるからまだ良いけれど、そうでなければ私はこの、のちに何色になるのかわからない、現状空白の月をどう過ごしてよいかわからなかっただろう。
「常に自分が感染者のつもりで、他人に感染させない行動をする」
という目標については、少なくとも在宅勤務をしている限りはほぼ食料品を買いに行くくらいに外出しないし、実行できているような気はする。

それ以外に今の自分ができることは、ほとんど思いつかない。
仕事の依頼先とも「こんな時なので」という挨拶が定型分のようになっている。

家族とはよく電話をするようになった。
両親ともにクリスチャンなのだけど、彼らも緊急事態宣言が出る前は「日曜の礼拝だけは行きたい」なんて言っていた。
両親は別々の教会に通っていて、父のそれはなんと大学の頃から通い続けている場所だ。
昨年父が病気をしたときも、教会の人たちが心配してくれていたことが、ずいぶんと父の支えになっていたようで、だからこそ行くなとは言いづらかった。
それでも、日に日に状況が悪くなっていき、やはりやめておいた方が良いのでは……と日曜の朝に電話をしてみると、父も母も家にいた。
なんと、礼拝がオンライン配信になったとのことで、父は昨晩からTVにそれを映すための準備をしていたらしい。技術の進歩は素晴らしい、と思ったことのひとつだ。

ちなみに、父が大学の頃から、つまり50年ほど通っているその教会には、私も10歳くらいまで通っていた(家から遠いので小学校に上がってからはあまり行ってない)。

もう亡くなっている当時の牧師さんには、ナルニアを貸してもらった恩がある。毎週1冊づつ借りて、母に読み聞かせてもらっていた。最初は「魔術師のおい」からだった。
母はしばしば寝落ちして、けれど続きが気になりすぎて自分で読もうとしたことが、私が分厚い本も読めるようになったきっかけだったと思う。

新しい家で、早く本棚に本を並べたい。

天気の良い在宅勤務

ばたばたと隔日出勤の実施が決まり、金曜日にはじめて在宅勤務をすることになった。
始業時と終業時に連絡を入れるだけなのだけれど、勝手の違うことをするせいか少し緊張して、普段より少し早く目が覚める。
休日は9〜10時頃まで寝ていることが多いので、仕事時間に起きるだけで、気は散るものの、なんとなく仕事モードになる。自分は個人で担当している仕事が多いので、在宅でもそれほど困ることはなさそうだ。ただ、家の椅子が仕事に向く椅子ではないので早々に腰が痛い。

昼休みは、在宅勤務できるとなったらすぐに買いに行こうと思っていた弁当を買いに行く。
通りかかったパン屋さんが営業していたのでパンも買う。ついでにクッキーも買う。
天気が良いのでなんとなく気分はよくて、なぜこうして在宅勤務をしているのか少し忘れそうになるけれど、帰宅してすぐに手を洗うのはもう習慣になっている。

綺麗になった手で念願の弁当をひらく。さやえんどうの緑が春らしくて嬉しい。
朝食を普段より遅く食べたせいか、まだそんなに空腹ではなかったのだけれど、少しだけ味見、と手をつけたら、
そういえば、おいしいごはんってこういうのだった、と目からうろこが落ちるような味で、
まだほんのひと月程度のことなのに、自分がいかに自分の作った料理に飽き、外食に焦がれていたのかを再確認した。
お弁当箱の中にいくつものおかずが隠されていて、そのひとつひとつにおいしくするための工夫がこらされている。自分で作る料理は、最近いかに工数を減らすかの方に偏っていたので、引っ越しが終わったらもっと丁寧に料理をしようと改めて決心したりもした。

お弁当の余韻で午後も機嫌がよかった。日当たりの良い部屋で、ひとりで仕事をしているのに。

www.instagram.com