友達になった

大学の卒業制作をやってた頃、彼とはよく編集室の自販機前にあるベンチで顔をあわせた。ちわ、おっす、どう? どうかね、なにとってんだっけ、んー、みたいな会話を、交わしたり交わさなかったりで話題はすぐになくなり、缶コーヒー飲んだりコンテ直したりしながら、大抵はだまったまま隣に座っていた。じゃ、じゃ、がんばって、そっちも。
共通の友人は多く居たものの、私たちはちっとも仲良くなかった。それまで、とくに話す事もなかったし、彼も私も、たぶんお互いに興味がなかったのだと思う。
それなのに、なぜこんなに覚えているのかというと、それは卒業式の後の飲み会でのことが、とても印象的だったからだ。

学科全体の飲み会はなぜかホテルの立食パーティだった。夜景のきれいな、って感じの、うわついた雰囲気の中、写真とったり、連絡先交換したり、とか、たいして仲良い間柄でない人も、握手をかわし、笑顔でおめでとうを言い合ったりしてて、うん、なんて思っていたところに、ちわ、おっす、みたいな感じで彼と会った。
私はそこで、「またね」とか、テキトーな挨拶をしようと身構えていた。この場のあちこちで交わされている、いわゆる社交辞令っていうやつだ。しかし彼は、あっさりと「きっともう二度と会わないよね、友達ってわけでもないし」と言ったのだった。
正直なところ、かなりむかついた。でもそれは、「もう二度と会わない」といわれたことにむかつくというより、その正直さ、率直さを、うらやましく感じたのだと思う。とてもくやしかった。そして、なんどかそれを思いだすうちに、やっと、友達になりたかったなーとか、思ったんだけど、すでに私たちは卒業してしまっていた。

それから何年か、たぶん5、6年は経った頃、だと思う。共通の友人だけは多かった私たちは、共通の友人の結婚式で、再会した。そんで、まあ、いろいろな誤解をとき、握手をして、私たちは友達になった。
とはいえ、彼の仕事はすごい忙しかったし、とくに親密になるっていうこともなく、たまーに連絡をとって飲むくらいだったんだけど、
昨日、また久しぶりにその人と、共通の友人2人を交えて飲みに行ったら「もう二度と会わないよね」と言ったあのときの率直さそのままで、話題をあちこちから削っていくような、見えないジェンガで遊んでいるようなしゃべり方というのができて、卒業制作の発表会で同じ作品に嫉妬した話とか、見てる映画とか撮ってる作品のこととか、4人とも、それぞれに辿ってきた道なりの意見があって、それは噛み合わなかったりもするんだけど、言葉にして出すことを諦めない執着心のようなものが、うれしくて、
そしてふいに「おれ、こういう話ができるってことですげーたすかってんだよね」って彼が言ったのに、思わずなきそうになった。

いろいろと大変なこともあったけど、でもやっと、好きな人ができたっていう話もきけた。生活する事が,楽しいといっていた。米がおいしいんだよね、とか、それがすごく、いいなぁと思って、私はその率直さが、これからも明るい方向へ、向いていますようにと願いながら、「またね」と手を振った。