「地上はポケットの中の庭」/田中相

表紙買いをした新刊。なのですが、いざ読み始めてみたらコミティアで本を買ったことある方でした。特に1話めに収録されている短編は、とても気に入っていたお話だったので嬉しかった。今後の活躍が楽しみです。

地上はポケットの中の庭 (KCx)

地上はポケットの中の庭 (KCx)

この本は「庭」をテーマにした短編集。作者の描く風景はとても素敵で、特に植物や虫の絵は幼いころによんだ子ども向けの図鑑のようだなとも思う。細かく描き込まれた背景と白のとり方のバランスがとても気持ちいいです。
お話もとても好き。既読だった「5月の庭」はちょっと「家守綺譚」を思わせるような少しふしぎが大好物です。表題作は、主人公がこれまでの人生を思い返す場面のお話なのだけど、それが「時間」についてのお話としてまとめられているところにぐっときて、私はこの作者が好きだなと思いました。
他にも王様と庭師の友情のお話や友情もの将棋のお話、などなど、バラエティに富んでいるのに本全体から夏っぽいにおいがしそうなすてきな本です。
あとがきやカバー裏の作品解説の書き込みも楽しいです。福音館書店の「冒険図鑑」「自然図鑑」が好きだった人には特におすすめしたい雰囲気です。

 罪悪感のとなり

久しぶりだなと感じるたびに、前会ったのが、地震の前だったか後だったか、をつい考えてしまうようになった。だから久しぶりに会った彼女が、そのことに気づかなかった、と言ったとき、少し意外に思っていた。
まあ連絡はとっていたし、そんなものかもしれない。「でもすごく、長いこと会わなかったような感じがする」と私は言った。彼女は軽く頷いただけだったけれど、
お互いの近況をぐるっと巡ってやっと、「実はね」と居住まいをただしたとき、やはり気づいてはいたんだろうな、と思った。

なんとなく、罪悪感を感じると彼女は言った。スーパーには相変わらずものが溢れているし、電気はつかうし、そんなの前からだけど、その前からに戻っていることに。自分のやっている仕事に。ごはんを食べたり、笑うたびに。
そう話す顔がなんだか疲れて見えて、自分の生活は大事だよ、と私は言った。われながら無難な言葉だなと思うけれど、正直な気持ちだった。でも彼女はあいまいな顔で首をかしげる。

何 年か前、「罪悪感」というものについていろいろ考えていたとき、私はひとまず “罪悪感は役に立たない” と結論したのだけど、それは「罪悪感を感じ たくないのでできることをする」か「できることをしないで罪悪感を感じる」か、どちらを選ぶのも自分でできることだと思ったからだった。
でもそれ は自分の罪悪感対処法でしかなくて、彼女の話している「罪悪感」は、私にはないものだった。私はいま、罪悪感を感じてはいない。なぜか、というところを否応なく考えることになって、 私はあこがれといらだちが入り混じるような、変な気分になっていた。そんな私の沈黙を見て、彼女はすまなさそうな顔をする。
正解も不正解もないことは思っている以上に多い。ただ、常に何かを選んでいて、私は今のところ、これに落ち着いているのだなと思う。「とりあえず私は、こうして久しぶりに会えてるのは嬉しいと思ってる」、と言うと彼女は少しほっとした顔をして、それは私もそうだよ、と言った。