『ザ・ワールド・イズ・マイン』

まとまらないので気になる人物の好きな場面をメモ程度に。

三隅俊也(トシ)

郵便局員として働いていたトシが、ある日モンちゃんに出会うところから物語は始まる。

たちうちできへんものに対して ボク弱いし怖いし憧れるんや。
畏敬の念ゆうやつやろか。(1巻/p112)

そう語るトシは、モンを「鬼」(のようなもの)と信じ、畏敬の念を抱き、行動を共にするようになる。
その時点でのトシは、モンに憧れてはいるものの、同時に彼を「命の重さもわからないくせに」と非難する。彼が変わるのは第二巻。モンちゃんに「一時置き去り」にされたトシは、モンちゃんへの疑いと信頼の間で耐えきることで、自信を身に付ける。(ように読めた)警察に包囲され、窮地に陥ったトシの、土壇場での演説は、名場面だ。

第一の要求は命の重さっ!! ついでに値段も聞かせや!!
人種別 国別にも聞きたいわ。事故 起きた際の被害者への保証金の値段の格差!! あれ不思議や!!
平等やないんか!? アジア!! アフリカ 欧米 それぞれ1日本人命に対して なんぼや 料金表 見せえや。
第二のっ要求っ!! 今ボクらに向けられとる銃、そら人殺しの道具や。どっかに…隠れとる狙撃班も…人殺し職人や!!
(略)
同じ人殺しでもボクら悪者で、お前ら善玉か!!
国が公式発表せいや!! 人が人を殺したらあかんゆう理由……法以外にあるなら戦争 含めて答えてくれるか。
ただし!!神さん仏さん持ち出すのは なしやで!!
最後!!第三の……要求。
世に棲む 生きとし生けるものすべてが、自由に、平和に平等に、美しく明るく楽しく暮らせる。幸福と善意と優しさと愛に満ちた……世界を……要求する!!
(3巻p28〜35)

トシ自身が自問自答しているように、確かに絵空事だ。でも、こんなことがあったら、私も国の公式発表を楽しみにしてしまいそうだ。
トシの魅力は、その機転と弁舌にあるのだけど、しかし本人はそれを自覚してはいないように見える。彼は最後まで、物語の主導権を握ろうとして、握れずに終わる人物なのだけど、自らを「凡人」といいながらも、力に憧れるその心の動きは、もっとも「人間らしい」と言えるキャラクターなんじゃないかと思う。
この後、トシはある体験を経て、彼にとっての絶対的な存在であったはずのモンを操ろうとしはじめる。しかし最終的に復活するモンの傍で幸福そうな顔をするトシの表情は、なんというか、リアルだ。盲目的な信仰心なんてものよりも、このような「期待」が信仰に結びつくってケースの方が、想像はしやすいなぁなんて思う。

由利勘平(ユリカン)

トシの出した「要求」に答える総理大臣「ユリカン」。
彼は物語の中で終始「俗物」として描かれる。単に人を馬鹿にしているように見えて、実はロマンチスト、とかそんな判断をするものを軽く笑いそうな筋金入りの俗物だ。彼は自らを「偽りと真実の使徒」と称する。
ユリカンはトシの要求に答える原稿作成に奔走する部下たちを「無邪気なもんだ」と一蹴する。「模範解答ほど人の心に届かないものはない」というユリカンの解答は第28話(第3巻p131)

「命にはハナから価値はない」
「(殺人はいけないという)理由は……ない!! あれば法律や宗教など必要ない!! そして戦争は善悪を問わず、国家が認める殺人である!!」
「(世に住むいき年生けるものすべてが、自由に平和に平等に美しく明るく楽しく暮らせる、幸福と善意と優しさと愛に満ちた世界の要求。情けない質問だ。回答!! そんな世界は永久にない!!」
(略)
「それでも命は重く大切であり人を殺すことは悪いことである!! ユートピアは存在しなくともめざすべき世界であることに間違いはない!!」

威力のある回答だ、と思う。これが現実でなされた国のリーダーによる回答だったとしたら、マスコミはどう動くのかとても気になるところではある。
トシがインターネットを使って人々の中にある悪意を呼び覚まそうとするのに対抗し、ユリカンは「想像力のなさは罪である、無神論者であっても善意という名の神だけは持っていてほしい」(第6巻p128)と語りかける。しかし、ヒグマドンの登場とトシモンの登場が重なることによって、人々はその関連に預言者と神の関係を見いだす。人というのは、そうやって物語を必要とする生き物なのかもしれない。もしくは言葉がそうさせるのか。
物語の中でのユリカンは、トシモンとほぼ互角に渡りあいながらも、しかし社会の中に属していたからこその限界を迎える。その直接の原因となるのはトシが要求したストリップショー敢行であるというのがユリカンらしい。そしてその戦地に赴くユリカンの言葉が特にすばらしいと思った。

腹の底を見せないから友達はいない、身内にも心を置けない」「他人が死んでも私は今日を眠りメシを食い明日は笑うだろう」「悪に魅かれる世も人も健全だが、私には立場と理想がある」「私はそのために生きる」第10巻p21

物語の中では、もっとも強く、幸福そうに映る人物でもある。

続きます。