ビル

会社からの帰り道、電車でうたた寝していたせいかとても疲れていたので最寄りの駅からバスに乗ることにした。
いつもは20分くらいかけて歩く路を眺めながら、ふと「あれ?」と思う。

今通り過ぎたビル、ちいさな、3階建てくらいのビルは、この間工事をしていたはずだ。
窓越しに振り返ってみたが、そのビルは私が幼い頃から見ているのとまったく同じ様子で、なんだかひらべったい感じで、しんとして建っていた。
入り口には数台の軽トラックがとまり、奥にある扉はシャッターで閉ざされている。

この間、あのビルを訪れた際には、内側が全て取り壊され、がれきの中を40代くらいの男性と、頭にタオルを巻いたおじいさんとふっくらしたおばさんが忙しく動き回っていたはずなのに。
私はそこでがれきの中から布やらタイルやらを取り出しては外に運び出す作業を手伝っていたのだった。
作業は朝早くから続き、冷たい空気の中、たくさん汗をかいて、私はなんだか充実した気分だった。

夕暮れになって、私は「そろそろ帰ります」と告げた。
おじいさんに礼とともに、何か好きなものをもってかえって良いよ、と言われる。
「明日にはもう、ビルごとなくなっちまうから」
私は少し迷って、きれいな色のタイルを一枚もらって帰り、家にもって帰ったのだった。手のひらに少しあまるくらいの、冷たくて、堅いけど深い色をしたタイルだった。

バスを降り、あれは夢だったのか、と理解してしまうと、あのタイルの色さえ思いだせなくなっていた。
時々、いつかこうやって夢と現実の区別かつかなくなっていくんだろうか、と考える。しかし、それが怖いのかどうかはよく分からない。