好き方@兄弟の話

私には弟がいる。二人いる。姉である私が言うのもなんだけど、いい奴だと思う。特に皆から構われがちなのが下の弟で、彼はかなり 「つれない」奴でもある。
この前、妹と、その弟のつれなさ加減について話をしていたときに、私はふと「もったいない」という言葉を使ったんだけど、妹には「意味わかんない」と言われてしまった。
それでいろいろ話をしながら考えてるうちに、例えば音楽好きな人がいて、○○って バンドが好き、と言ってたとしたら、ある程度その○○とジャンルが近いものは知ってる、もしくは興味あるだろうという前提のもとに私は今まで生活してたんだけど、どうやらそれは違うらしいということに気が付いた。
○○だけを好きだという人ももちろんいて、なおかつ○○が好きな「□□」にすら興味はないよという人もいるんだよね。これが趣味的なものじゃない場合ならすっきりしてて、「山田君が好き。でも山田君が好きな島田君のことは好きじゃない」って普通にありうる話だった。そして弟はそういうタイプなんだった。
例えば弟はゲームが好きだ。最近はずっとラグナロクをやってるので、同じゲームでも家庭ゲームの話にはあんま付き合ってくれなくなった。アニメも好きで『巌窟王』は勧めたら見て気に入ったらしいけど、『マインドゲーム』とかはきっぱり見てくれない。同じ4℃の『アルス』は好きなのに「制作会社が一緒なんだよ」と言ってもだから何という感じ。
そう、制作会社がどうとか音楽ならプロデューサーがどうとか本ならデザインはどことか、知ろうと思い始めたらきりがない。そして、きりのない繋がりで頭の中にマップを広げて行く過程を私は「面白い」と思ってきたから、なんとなく「もったいない」という言葉が出たんだろう。
でも、それは全然もったいないことではなかった。「好き」という言葉には、ほんとにいろんな意味があって、もしかしたら1人1人の好きの形は違うかもしれなくて、私にも、目の前の好きなものだけにまっすぐ進んでくような形で好きになりたいと思うこともあるのだ。だから、弟のように、自分の気が向いたときにだけ場所を開拓して、そこに暫くとどまってるような「好き方」をうらやましく思ったりもする。
音楽なら、誰がやったとか、レーベルがとか、プロデューサーがとか、そういうことじゃなくて、全く何とも繋がってないそこにある「音」だけを好きなんだと説明したいんだほんとは。むしろそんな「事情」は知らなくたって全然良いことなんだけど、でもたまたまそういう知り方で知って好きになったものがあると、そういうもろもろの繋がりがチャンスに思えてしまう。そして、なんかいいものと出会えるチャンスを逃したくなくなってしまって、マップは広がりっぱなしになる。
でもやっぱりそういうのが楽しいんだよねと話してた私と妹の結論は、弟が一緒になって「おもしろーい」言ってくれないから、さみしいだけなんだということだった。だからあれとかこれとか見なよー読みなよーとか言って、弟(妹には兄)にはうざがれてつづける。
という兄弟の話です。