たったひとつの冴えたやりかた/ジェイムズ・ティプトリー・Jr

この本には3作の短編が、合間に挟まれるストーリーによって繋ぎあわされる形をとっています。どのお話もまったく色合いの違うものであることに、作者の懐の深さを感じながら読んでいたのですが、あとがきを読むと、どうやらこのティプトリー・Jrという人の作品にはかなり難解とされるものが多いらしく、本作は異色作ととらえられているらしいです。
つまり、私はティプトリー・Jrの本を読んだのははじめてなのですが、宇宙を舞台にした正統派(と言っていいのかな?)なSFを読んだのも、たぶん初めてだと思います。なにぶん、SFを読みはじめたのが最近なので、何から手を付けたら良いかわからない状態なのですが、とにかくこの作品はなんというか、すごく心に残る作品で、SFをほとんど読んだ事の無い人でも充分に楽しめる「物語」だと思いました。

たったひとつの冴えたやりかた

私が本作を手に取ったのは、このタイトルに惹かれたことが切欠でした。
この作品の主人公はコーティ・キャスという15歳の女の子。好奇心旺盛で、両親から誕生日プレゼントにもらった宇宙船で一人道の星野に冒険に出かけてしまいます。物語はジュブナイル的なくだけた会話文を中心に進むので、とても読みやすく、読んでいるうちに自然と主人公コーティーに対して親近感を覚えてしまいまいました。その辺りは役者の浅倉久志さんの手腕によるところも大きいと思います。そしてその冒険の途中、宇宙間でメッセージをやりとりするための「メッセージ・パイプ」をその好奇心から拾った事で、彼女は脳内に寄生することで生きるエイリアン、シロベーンと友達になるんですが、ここでのやりとりについて感じた事は、作品を読み終えた今でも、先日も書いたのと同じように(id:ichinics:20051005:p2)こんなふうに頭の中全部でやりとりできる存在に惹かれる気持ちがあります。ただ、この物語の結末については、終盤までちっとも予想していなかった。
たったひとつの冴えたやりかた」は何なんだろう、なんて気軽な興味で読みはじめたんだけど、あー、このお話についてはきっとずっと忘れないだろうなと思う。コーティーが憧れていたという、ハン・ルー・ハンという少年は何かに出てくる人物なのかな。

グッドナイト・スイートハーツ

宇宙のサルベージ屋レイブンは宇宙船ブラックバード号だけを相方に人生の殆どを宇宙で過ごしていたのだけど、ある日、助けた船に初恋の人が乗っていた……というなんともロマンチックなお話です。ハードボイルドタッチで描かれるアクションシーンなどに、「カウボーイビバップ」や「彼女の思いで」「プラネテス」などを彷佛とさせられる、とても好みの作品でした。ラストの決断がまた、切ないのだけど、自由という言葉の重さを感じさせるものだった。

衝突

この作品で描かれるのは、ジールタンという星に住むエイリアン(ジーロ)と、人間とのファースト・コンタクトの物語。彼らの間に共通の言語は無いのだけど、好奇心旺盛なジーロの女性ジラが人間の言葉を学んでいた事で、片言のやりとりを繰り返し、最悪の事態をまねきかねない「誤解」を解くために尽力する物語でした。これは別にSFだけでなく、人と人とのコミュニケーションの物語に置き換えることもできる。「信じる」と言う言葉を定義しなきゃいけない状況になったら、私は何を言えるだろうか。それはやっぱり、言葉だけの問題でなくて、行動であらわすしかないことなんだなぁとか、そんなことを考えたりしました。
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3つの物語に共通するモチーフとして「メッセージ・パイプ」の役割はとても印象的でした。交信範囲外にいる宇宙船から送られる、そのメッセージが届く頃にはもう何年も経っているかもしれない。その時間差がセンチメンタルな物語の装置としてとてもうまく機能しているのですが、なによりも、そのメッセージの存在によって、3つの物語の登場人物、それぞれの「たったひとつの冴えたやりかた」が浮き彫りにされていく、その過程にはいろいろ考えさせられるところがありました。
そしてあとがきで知った、著者自身の人生とその死にも、人生の奥深さ ― なんて簡単な言葉で片付けるのは気がひけるのですが ― を感じました。
でも、その言葉の重みを感じたあとでも、やっぱり「たったひとつの冴えたやりかた」という言葉には惹かれるものがあります。