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 親切なクムジャさん

ichinics2005-12-03
監督:パク・チャヌク/主演:イ・ヨンエ

とにかく面白い映画でした。残酷なシーンも多いので万人におすすめできる作品ではないと思いますが、その題材はとても興味深く、なおかつエンタテインメントとして楽しめる。
冒頭から驚かされるのが刑務所の中での「親切なクムジャさん」と外に出た後の「赤いアイシャドウのクムジャさん」の豹変ぶり。天使と悪魔を行ったり来たりするクムジャさんの表情とその奥に垣間見える感情の雄弁さだけでも飽きないと思えるくらい。チャングムしか見た事無かったけどイ・ヨンエさんは素晴らしい俳優さんだと思います。
この作品は「復讐者に憐れみを」「オールド・ボーイ」に続く復讐3部作の完結編なのですが、ストーリー自体に繋がりはありません。(でもところどころに共通する俳優さんが出てくるのもまた面白い)ただ、復讐という目的に突き動かされて行動する人の悲しさ、そしてそれがなされた後の喪失感というのが共通するテーマだと思います。(ただ、クムジャさんの場合は少しその復讐の質が違う)
とても悲しくて恐ろしい話なのに、自然とコミカルな場面が差し込まれるのも、この監督ならではの演出で、かなり複雑な構成のはずなのに、無駄がなく、どのシーンを見ていても引き込まれる。簡単に結論は与えられず、その後に考えさせられるところが多いのも、良いです。
最も印象に残ったのは、クムジャさんが雪の中でそりを引いている空想のシーン。狂気とおかしみと悲しさと怒りがぎゅうぎゅうに詰まっていて、なおかつ美しい。
すごい監督さんだと思います。

【以下内容に触れているので畳みます】

幼児誘拐殺人犯人として13年間刑務所に服役したクムジャさんの復讐譚として物語ははじまるのだけど、途中でクムジャさんが服役したのは、真の誘拐殺人犯に「身代わりに自首しなければ娘を殺す」と脅迫されたからであるということが明かされる。そう捉えると、彼女は、出所後には娘とも再会することも出来るし、物語における「復讐の動機」としては少々弱いもののようにも感じられる。
しかし、このクムジャさんの目的は、犯人の罪に加担したという「罪」によって自分か汚されたことへの復讐なのだろう。13年にも渡って培われてきた贖罪への欲望はクムジャさんの存在意義にまでふくれあがって彼女を突き動かす。
刑務所の中で、行方不明になった少年の写真とともに自分の手配書を貼っているのを見て、ふと「オールドボーイ」での、手鏡のシーンを思いだした。もしかして、あのような形でクムジャさんは「復讐者」としての自分を客観的に作り上げていったのではないか。だからこそ彼女は常に感情の読み取れない虚ろな表情をしていて、目の前にある救い、たとえば娘の存在を受け入れることが出来ないのではないか。それはたぶん復讐でしか罪を悔い改めることが出来ないと妄信し、自らに与えられた役をおりることができないからなのではないか。クムジャさんの作りだした虚像に魅せられている周囲の人々の中で、あの少女だけが違う世界から不器用な彼女の姿を見ている。そんな気がしました。そのせいか、クムジャさんが子供の手を引いて歩くシーンはちょっとジョン・カサヴェテスの「グロリア」に似ている。母子でなくて、他者である感じ。
彼女はとにかく行動する。刑務所時代の仲間の手助けを受けながら、クムジャさんが復讐の対象と向かい合うまでがこの映画の第一部のようだ。
そこから物語は反転し、本当の「被害者」はまだいるという事実に気付いたクムジャさんが、今度は彼ら被害者遺族による復讐の手助けをすることになる。しかしその復讐への「動機」の質の違いを感じたクムジャさんは、一歩ひいたところから彼らを見つめているようだ。このシーンで感じたのは、復讐者が集団になることで力関係が変化してしまうと、その構図もまた変化して見えるということ。あれほど憎んでいた復讐の対象と自分はなにも変わらないのではないか。復讐が終わったとしても、そこには新しい汚れが生まれているだけなのではないだろうか。クムジャさんも、そんなことを感じたんじゃないだろうか。
そうして全ての復讐を終え、自らの空虚さと向き合ったクムジャさんに与えられるうラストシーンは、まるで生まれ変わろうともがく人の様だ。その様子はコミカルですらあるのに、ひどく切ない。

「怒り」を糧に生きる人と、汚れを知らずにいる存在の対比に、なんとなく新井英樹さんの漫画に近い空気を感じました。
それから「被害者遺族による復讐」というところには、貫井徳郎さんの「殺人症候群」*1を彷佛とさせる描写がある。