キーチ!1巻〜7巻/新井英樹

キーチ!! (1) (ビッグコミックス)

キーチ!! (1) (ビッグコミックス)

新刊が出るのと、昨日のクムジャさんの感想を書いていてちょっと気になったのでまとめて再読。まとめて読んだら凄かった。
善と悪に割り切れないものが詰まっている。怒り狂って暴力を振るう圧倒的なものの前に突き出されたとき、自分が何を思うのか、試されている気分だ。首根っこ掴まれた状態で。

【以下内容に触れています】
「その子を定められた日に産み落とすならば、またとない男らしい男に育つだろう」という言葉と共に生まれた少年、キーチは殆ど言葉らしい言葉を話さず、なにを考えているかわからないところも多い。毎日様々な問題を起こすキーチに両親は苦労しながらも、たくさんの愛情とともにキーチを育てている。
ただ、そんな幸せな日々は突然に終わりを告げる。第1巻のラストから、2巻の幕開けはまるで悪夢のようだった。
通り魔に殺害された両親の前に取り残されたキーチを映し続ける、父親のビデオカメラ。幼いキーチの目の前に落ちてきた不幸を余所に、世界はより大きな不幸へと群がる。世界が遠くなっていくのを感じる。ここは作者の明確な怒りが伝わってくるシーンで、とても印象に残っている。
この唐突な暗転ののち、キーチはホームレスのモモと共に暮らすようになる。何かを失った者同士という共有を求めるモモに対してキーチはほぼ応えることすらしないのだけれど、そんなキーチを再び不幸が襲い、モモとキーチはモモの旧友「秋ポン」のところへ身を寄せる。
この秋ポンという人物が、キーチに生きる指針となる言葉を与え、彼を窮地から救い出すのだけれど、ここまでが第1部といっていいだろう。ここまではまだこの作品がどこを目指しているのか掴めていなかったのだけど、第5巻から小学生編が始まって、ようやく焦点がみえてきたような気がする。
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小学生編は、長い放浪生活の末に、祖父母の元へひきとられたキーチは転校先の小学校で甲斐という少年に出会うところからはじまる。そして「みさと」といういじめられっこの少女の問題に2人が関わって行くことになるのだけど、その動機となるのは同情ではなくキーチ自身の怒りだ。

俺は…俺が見えるとこに醜いもんがいたりあったりすることが我慢できねえ

キーチは「ひとり」だ。でも彼を慕う人がその周りにいる。甲斐がキーチをカリスマと称するシーンがあったけれど、カリスマというのはキーチのように他者の共感を求めず、物事の均衡を目指す事もなくただ、その信念と美意識を貫く人のことを言うのかもしれない。時折、読んでいるこちらが喧嘩を売られているみたいな気がする。
対する甲斐はとても人間的な「ずるい」ところを持った少年だ。人前でうまくやることが出来る、つまり自分を取り繕うことができる。ただ、そんな彼が父親を捨てて「ひとり」になるシーンには、鳥肌がたった。
悪もあり善もある。しかし善があるからといって悪を許す事は出来ない。

お前ら空っぽなくせに腐ってる

と切ってすてる世間に、これからキーチは立ち向かっていくのだろう。
なんだかあらすじのような感想になってしまったけど、この作品は新井英樹さんにおける「ワールド・イズ・マイン」と並ぶ代表作になると思うし、もっと評価されるべきだと思う。
伊坂幸太郎さんの「魔王」を読んだ時と抱く感想が少し似ていて、作者の抱く明確なメッセージの威力を感じる作品。自分で考えろ、と言われている気分。そして考えて行動するには、やはり力がいるのだ。

キーチ!! 7 (ビッグコミックス)

キーチ!! 7 (ビッグコミックス)