クラッシュ crash

ichinics2006-02-26

言葉にしにくい、でも言葉にしたい、根源的な部分に触れるような映画だったと思う。これはぜひ、多くの人に見てほしい、素晴らしい映画でした。
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「クラッシュ」の脚本はハギス監督の体験 ―― ロサンゼルスのビデオ店から出てきたところで銃を突き付けられ、カージャックされたという ―― を突き詰めていくことから生まれたものだということです。そして、その事件の後、家に戻り全ての鍵を付け替えた後に、監督がしたのは車を盗んだ男たちのことを想像することだった。「判断」を下してしまう前に。
日本という国に暮らしていると、今ひとつ想像し難い部分もあるのだけど、アメリカという国では、人種や収入の格差によって差別が生まれ、そこから衝突が起きることが日常なのだろう。
この映画には、複数の主人公が登場するのだけど、彼等にはそれぞれの視点があって、でもそれは他者のそれとはなかなか重ならない。こちら側から見れば善人なのに、あちら側から見れば悪人にも思える。そして衝突が起きる。それは決定的に何かを損なってしまうこともあれば、少しだけ、物事を良い方へ向けるものだったりもする。でもその衝突は、それぞれの奥底にある、核のような感情に、触れる。
映画のあちこちに、盲目的な差別があって、相手が「人間」だということすら忘れてるんじゃないかと感じさせる恐ろしい言動がある。ロサンゼルスという街を舞台にしてはいるけれど、「他者への恐怖」が差別につながっていくということは、日本でだって日常的に起きていることだろう。そこにある溝を埋めるために必要なのは他者もまた「自分」なのだと気付き、その気持ちを、監督自身がそうしたように、想像することだ。そしてその切欠は「衝突」からうまれることもある。
それぞれの主人公たちに起きる「衝突」の描写は、奇跡のようなものだったりもするし、身近にあったものに目を向けることだったりもする。そのひとつひとつの描写がとても丁寧で、役者さんたちの演技も素晴らしく、それがリアルだからこそ、彼等を許せないと思う瞬間もありながら、皆幸福になってほしいと感じたりもする。とても素晴らしい映画でした

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個人的に、最も印象に残ったシーンは、怒ってばかりいる女の人が友達に電話しながら「怒るのをやめたいのにやめられない」と言うところだった。それは彼女にとって、すごく切実な問題なのに、相手にそれが伝わっていないだろうということが、ひどく悲しくて、それでも彼女の言動を「わがまま」だと感じる自分もいる。そんな個人的な矛盾が何かのヒントになるんじゃないかと思った。
それから、バスのシーン。「ひかりのまち」を彷佛とさせる、名場面だった。これは交通手段のほとんどが自動車であるロスを舞台にしているからこそ際立つシーンなのだろうけど、かなりぐっときた。
また見たいです。