「アイデン&ティティ」のアイデンティティ

みうらじゅん原作の漫画を、宮藤官九郎脚本、田口トモロヲ監督によって映画化したもの。
原作を読んだのは結構前だったのだけど、映画を見ていると、かなり原作に忠実に作られているなぁと思い、実際読み返してみたら、状況や時間軸は少々変えられていてもほとんどの台詞が脚本に反映されていたように思いました。
映画版ではとにかく中島役の峯田さんが素晴らしかった。彼じゃなけりゃこの映画はありえなかったんじゃないかと思うくらい良かった。子犬のような瞳がかわいらしい。
【以下思いっきり内容に触れます】

アイデン & ティティ [DVD]

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まず、この「アイデン&ティティ」という作品は、80年代のバンドブームを背景に描かれている。主人公の中島が率いる(作詞作曲は中島なので、率いる、でいいと思う)バンド「スピードウェイ」はメジャーデビューを果たし、1stシングルが売れたところだけれど、ブームも終わりかけ、不本意な扱いをされる中で「自分(達)のロックとはなにか?」と悩んでいる。「ロックが自分らしくあること、だとしたら、自分らしさとは何か?」と悩んでいる。つまり、アイデンティティを求めている。

【identity】同一であること; 極度の類似性; 本人であること(の証明), 身元; 個性, 独自性

そしてそんな主人公の元にボブ・ディラン(ロックの神様)がやってくるのだけど(この辺はSF)、これはたぶん、自意識もしくは自分の理想との自問自答のようなものじゃないかなと思う。その暗喩を後半での彼女の台詞と対応させて、ディランの「声」を作り出した映画版の演出は良かった。
ともかく、背景にある「バンドブーム」が、「イカ天」であろうことはわかっても、そのころ私はまだ小学生くらい(?)なのでその辺の事情はあまり知りません。でも、この映画の核心は「バンドブーム」を背景に「ロックをやる」とはどういうことか、を描いている作品――のように見えて実は恋愛物語、なんだと思います。というのは続編の「マリッジ」を読んでもあきらかだと思うのだけど。

認められたい

ファンの女の子とつい寝てしまったり、なにかと下半身の緩い中島なのだけど、それは大概不安からきていて「セックスしているときだけ考えないでいられる」と説明する。しかし中島には学生時代からつきあっている彼女がいて、彼女こそが唯一の理解者である、ということを中島は拠り所にしている。
「じゃあ、私の話も聞いてくれる?」
何度かそうやって、彼女が中島に話を切り出す場面がある。でも、中島はそれを聞いているようで……理解はしていない。

「オレがもし…バンドをやめて外の事をしてる奴でも…好きか?」

それを口に出してしまうところが中島の弱さでもあるのだけど、これに対する彼女の答えがまた夢のように素晴らしい。でも、それでも理解しない(というかわかりやすい言葉を欲しがる)中島は「君の言ってくれることは理想過ぎるんだ」と言い、彼女は「君の仕事はその理想を追うことなのよ!」という…。
そして映画と漫画の大きな違いが「アイデン&ティティ」という曲を歌う場面なのだけど、漫画では言葉にされていなかったものの、映画では「アイデン=中島」「ティティ=彼女」と明確に語られているのだった。
これは続編での「マリッジ」の結末を踏まえたものなのだと思うのだけど、ここでふと、自分のロックとは何か? という問いが置き去りにされているような気がした。中島の存在理由(ここでのアイデンティティは、むしろ存在理由という言葉に置き換えた方がしっくりくる気がする)が、彼女に認められること、にすりかわってるんじゃないか? と思うのだ。

スラムダンク

ここでいきなり桜木花道の話になるのですが、「アイデン&ティティ」の中島と彼女の関係を花道とハルコに置き換えて考えると、ちょっとすっきりする。
桜木は当初、ハルコに良く思われたいという動機でバスケットボールをはじめる。実際には宮城の台詞だけど「彼女が笑ってくれれば最高さ」という台詞に花道が「わかる…」と涙を流すシーンがあることからも、この関係はかなり長い間継続して描かれる。
でも最終的に、花道はハルコを通してではなく、自分は「(バスケが)大好きです」という答えを見いだす、というのが「スラムダンク」の物語だった。

ロックは好きですか

中島がオリジナル曲を書くようになった切欠もまた、彼女の言葉によるもので、

「何が伝えたいか? ロックはその手段なんだ」 p141

と悟った中島の出した結論は、物語を読む限りでは、最終的に彼女との関係上にあった、と読める。どうでしょうか。読み込みが浅いかな。ただ、だとしたら、と思うわけです。
もしも、認めてくれる彼女がいなかったなら、中島はロックを選んでたんだろうか? 選んでた、と思いたいけれど、この物語の核心には、それがないような気がする。でも、彼女の言葉の中には、その一人の場所でロックを選ぶ君が好きだよ、という意味合いが含まれている気がして、だからこそ私は「中島は彼女の言葉を理解していない」と感じたのだけど、それも私の考え過ぎだろうか?
そしてもしも、中島が彼女を失う事になったなら、それでも彼はロックを続けられるのだろうか? 私はむしろ、そこから先の物語を読みたい、と思うのだけど(第三部は未読)、それは自らのアイデンティティを他者に見いだす、ということへの抵抗かもしれない。

アイデン&ティティ―24歳/27歳 (角川文庫)

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