嘘日記

材料は今日出勤時に落ちてたこれ↓


ワラタ2ッキ「最高だぜ!南武線」
及び
http://www.brave.com/bo/lyrics/somerain.htm
 ◆
寝ぼけた顔のまま、家をでると外は気持ちの良い天気だった。空気がゆらゆらとして、鼻先をくすぐるみたいな感じ。もう昼に近く、アスファルトの上に濃い影が寝そべっている。まだ眠い。あったかな電信柱に両手をつき、じゅうたんの上に爪を立てる猫を思い浮かべながら伸びをして、そうだもうどこかへ行ってしまおうと気付く。それはほんとに気付きだった。そうか、なんでこんなことに気付かなかったんだって、頭の中でチーンと音がするくらいの気付きで、私はそうだそうだそうだ、と同意する。足下に転がっている恐竜のソフビ人形も同意する。いこういこういこう。
普段乗らない電車に乗ろうと思って南武線に乗る。昼間の南武線。川崎で行き止まるのと立川とだったらどっちが良いだろうと考えて海側を選ぶ。もうすぐ昼食どきだというのに、電車内にはサラリーマンや学生と思しき乗客があちこちでまどろんでいて、毎日、私が伝票を捲り電話をかけお茶をいれてキーボードを打つ間にも、どこかにこんな平和があったのだということにまたしても気付く。が、その気付いたときにふいに車内の空気が毛羽立ち、窓の外を見ると恐竜が走っていた。ぶわーん。遅れてアナウンスが流れていることに気付く。「只今、この電車のすぐ横を、恐竜が並走しております」それは先ほどのソフビ人形だった。いこういこういこう、というその声が聞こえたと思ったとき、もうすでに私はその背中にいた。
両腕で抱きかかえるようにして掴まったその長いとさかを参考にして、パラサウロロフスという名を手繰り寄せると、そのとさかが管楽器のような低い音を鳴らす。ぶわーん、大正解。並走していた南武線を振り返ると、車内で居眠りしているサラリーマンのネクタイの赤が視界の端ににじむようにしてぐいっとのび、私はパラサウロロフスの背中から地上の多摩川を見下ろしていた。あっちからこっち、全部見えるけどその先が見えない。
パラサウロロフスは、ひな鳥のようにせわしなく口を開け、ぱくぱくと雲を飲み込んでいく。ぐんぐん空にのぼっていく。ほっぺたが溶けてしまいそうなくらいのスピードに、私は思わず目を閉じて、そのざらざらした背中に顔を押し付ける。不意に私の両腕からとさかが消え、落ちる、と思った瞬間に脇腹をかすめるようにしてバサリと翼が生え、またぐん、と空に舞い上がった。
風に緑のツンとするにおいが混じり、頭の上をちくちくと針葉樹がなぜていることに気付くと、私はどこかの森にいて、まき割りをしているおじいさんに出会う。会話をする。家に招かれる。おじいさんはおばあさんと暮らしていて、私はそこの家に住むようになる。新しい名前をもらう。力仕事で重宝され、温かいスープと寝心地の良いベッドを手に入れる。しかしいつしか私は気付いてしまう。するとパラサウロロフスがやってきて、いこういこういこうと誘うのでまた飛ぶ。あるとき、私はある学校の生徒で、またあるとき私はインガルス家の一員で、どこかの国の王様で、リストラされたり、野球チームに入ったり、無人島で暮らしたり、する。そのようにして、またあるとき私は南武線の車内にいて、何もない窓の外をぼんやりと眺めている。
いつだって私が気付くときには、パラサウロロフスがいる。そして、いつだって気付けるのなら、もうちょっとここにいてもいいかなと、思う。
車内にアナウンスが流れる。「皆様右側をご覧ください、虹が出ております」私が振り向くのと同時に、赤いネクタイのサラリーマンも窓の外を見て、うううん、と伸びをした。