雪沼とその周辺/堀江敏幸

雪沼とその周辺

雪沼とその周辺

雪沼という地とその周辺に住む人々を描いた連作短編集。
堀江さんの文章は、ひんやりとしていて、でもほんのり暖かい。「雪沼」という語感はその雰囲気にぴったりだと思う。
この短編集では、とくに大事件が起こるわけでもなく、風変わりな人が登場するわけでもない。それなのに本を閉じると、匂い立つような生活の感触がじんわりと広がる。それは、それぞれの短編の結びが「決着」ではなく「まとめ」でもなく、何かの延長線上に開けているから、のような気がする。こういう風に「お話」を締めくくる作家さんは実は珍しいように思う。
特に印象に残ったのはレコード店主の蓮根さんを主人公とした「レンガを積む」だった。自分もレコード店で働いていたことがあるせいか、細かな描写にいちいちうなずいてしまう。そして、お客さんを前にした仕事の幸福とは、こういうことだよなぁと、結末に描かれる安西さんの様子を読んで痛感した。