あれから五年

あの時、私はレコード屋で働いていた。店を閉めて帰宅して、母に呼ばれて居間に入り、立ったままあの映像を見たんだった。母と弟と妹の背中越しのテレビに映る青い空が、なんだかひどく遠くに思えたのを覚えている。本気で世界が終わるような気がして、朝までずうっとテレビを見ていた。仕事先の店長がちょうどハワイへ新婚旅行へ行っていて、翌日連絡がきてほっとした。出張のついでに数年ぶりに再会の約束をしていた友達とは、出張がとりやめになったことであえなくなり、その後音信不通になった。
こんなふうに、あれから五年、といわれてすぐに思い浮かぶ光景が私にもあるように、「あの時自分が何をしてたか、をこんなにも多くの人が記憶しているような出来事っていうのは今までなかった」とテレビで筑紫さんが言っていて、ああそうかもなぁと思った。
世界が終わるような気がする、というのは不思議な感覚で、自分自身のことというわけでもなく、映画で見るような世界の終わりでもなく、ただ、もう臨界点はきているんだと、そんなふうに思ったんだった。今日までそのことを考えたことはなかったけれど、もしかしたらあの時に、私の中で何かの感じ方がかわったのかもしれない。
そして、もしかしたら私が感じたそれと同じようなことを、あの映像を見て感じた人がいるのかもしれないなと思う。
それと同時に、「9.11」という言葉が耳になじみ過ぎて、それが毎年やってくる9月11日であることを忘れそうにもなっていて、こわいなと思う。