ねにもつタイプ/岸本佐知子

ねにもつタイプ

ねにもつタイプ

車のナンバーを覚えてしまう癖や下北沢を過ぎたところにあるボクシングジムに目を凝らす習慣、波平、アイスクリームの食べ方から蚊にさされたときの応急処置バッテン。
あまりにも身に覚えのある話が続くので、振り返って背後を確認したくなる。おそるおそる。―― どこかから頭をのぞかれてるのかもしれない。それとも私が独り言を言っているのか。もちろん記憶にないお話もたくさんあるのだけれど、それは既に、脳みそを食べられてしまったからなんじゃないか…、そしてきっと、この本を読み終えたその瞬間に、私は消されてしまうんだ…、なんて具合に、こわがってみるのも、布団に本を持ち込んで読む秘密の読書みたいに、すこぶる楽しい。
楽しかった。すべてが自分のことに思えてしまうくらい、一語一語ににやけながら抱え込んで読んだ。何度でも食べたい。和尚さんの秘密の壷みたいな本だった。
こんな妄想ができたなら、どんなにか面白いだろうと思う。でもきっと、それはこの人の文章で読むからこそ、もっとずっと格別に愉快なのだとも思う。
ちょっとおごらせてくださいよ、と絡みたくなるほどに楽しかったのだけれど(おこがましいにもほどがある)、今の今まで岸本佐「和」子さんだと勘違いしていたことを打ち明けたら、ねにもたれたり、するのだろうか。