恋愛睡眠のすすめ

ichinics2007-05-04
監督:ミシェル・ゴンドリー
面白かったです。「エターナル・サンシャイン」を見てすごい、と思った「感覚」というなんだかよくわからないあやふやなものを具現化してしまう独特の映像世界が今回も存分に味わえる。めくるめく映像とイメージの展開に見入ってしまって船酔いしそうなくらい。
物語で描かれる夢は、「恋愛睡眠のすすめ」というタイトルとはちょっとイメージが違って、むしろ悪夢に近いようなものもある。しかし、やがて夢という無意識の中に、向かう先を指し示す「欲求」が姿をあらわしはじめると、夢もその形を変えていく。ここらへんは、もう一度見てみないとどっちが夢でどっちが現実なのかわからないくらい混沌としていたんだけど、主人公の思いの形が定まっていく過程だけはしっかりとまっすぐなのにグッときた。

「私にどうしてほしいの?」
「…あたまをなでてほしい」

なんて口にだしてしまう素直すぎる主人公も主人公ですが、素直になれない女の子(なまいきシャルロットさん)も猛烈にかわいい。
物語の冒頭、脳内にいる主人公が、夢のレシピを紹介する。その日の出来事、聴いた音楽、記憶、その他いろいろ。そして夢の中を泳ぐようにして、主人公は現実を生きている。その感覚は、夢から覚めた瞬間の、いまいるのがどちらなのか定かではない、あの感覚がずっと続いているようなものだろうか。
そこに「自由意志」はたぶんない。でも、抗えない欲求のようなものはあって、それが意志を生むのかも知れない、と考えてみる。そして、監督が興味をもっているのも、そのあたりなんじゃないかな、なんて思う。

エターナル・サンシャイン」の感想→(id:ichinics:20050504:p1)

それから今日読んでた本に、しっくり重なる部分があったので引用します。

そしてまた、自分一人の頭の中で際限もなくつづいている意識も、ほとんどの場合、「瓢箪から駒」というようなつまらない格言とか、二十年前に恋人から言われた「あなたはどうして人の普通の感情をわかろうとしないの?」という言葉とか、「無意識は言語として構造化されている」というラカンのフレーズとか――と、誰かがしゃべったりどこかに書かれていたりしたことの寄せ集めによって成り立っていて、それらが総体として「思考」のような状態を作り出している。
言語というシステムがなかば自動的に意味を紡ぎ出している光景は、万華鏡の中で色とりどりの破片が集まっては散って無限の模様を描き出す光景と似ている……。
しかしそれでもなお人は言語というシステムや自分の中に累積している知識を離れてなお「私」というものが存在していると感じている。「信じたい」のではなくて、やはり「感じている」。それは根拠のないただの幻想ではないと私は思う。
保坂和志「世界を肯定する哲学」p91〜92