「この世界の片隅に」 上巻/こうの史代

この世界の片隅に 上 (アクションコミックス)

この世界の片隅に 上 (アクションコミックス)

すばらしいと思った。こうのさんの漫画には、どこか恐さを感じるところがあって、そこがいい、と思ってきたけれど、この作品にはそのような「恐さ」はあまり感じられない。おだやかな記憶のようで、しかし言葉になってはいない切実さのようなものが、底辺に流れ続けている。
それぞれの話に年号が振られていることから、もしかするとこれは、こうのさんに近しい人の話をもとにしているのかなあ、とか考える。むしろ実際の話であるかどうかというより、ある一人の女の子の思いでをスケッチした3つの短編と、嫁入りからはじまる「この世界の片隅に」の、この雰囲気は、まるで、「長い道」や「夕凪の街 桜の国」の、前にあるように感じられる。
それから、この作品であらためて、こうのさんは「画」の漫画家さんでもあるんだなあと、強く思った。p41 や p59 の左下にあるコマの美しさ、嫁入りしたすずの描くはがきの楽しさ、着物をもんぺに仕立てる際のイメージ解説や、無言のコマを連ねてテンポよく人々のやりとりを描く独特の演出、などなど、ページをめくる手をあちこちで留めては、潮風まじりの土のにおいや、植物の食感、海苔の味まで感じられるようだ、とため息をついたり笑ったり、すっかり夢中になってしまった。
あとはまあ、なんといっても、結婚したその夜のやりとりが、すごくいい。よすぎる。告白したくなった!(何で?)