白いランニングのおじいさん

高校生の頃から、大学を卒業後にレコード屋で働いていたくらいまで、毎朝通る公園のそばに、よく立っているおじいさんがいた。いつも白いランニングにひざ丈のズボンをはいていたような気がする。冬のことはよく覚えていない。
おじいさんは、私が前を通りかかり軽く会釈するたびに、「学校か」とか「こんな時間に学校か」とか「仕事か」とか「早く結婚しろ」とか、ギター背負ってた日には「それは楽器か」「音楽好きなのか」「そりゃいい」などと、よく声をかけてくれた。後ろ手を組み、家の前に所狭しと並べられ花を咲かせているプランターの横に立つおじいさんの姿は目に馴染んでいて、妹ともよく、今日はおじいさんになんて声をかけられたか、という話をした。
やがて、私が仕事をかわり、それにともなって通勤時間も変わったせいか、おじいさんの姿を見かけなくなった。プランターには百合が咲いて散り、バラが咲いて散り、足下に転がる椿の花を写真にとり、公園から吹いてくる桜の花びらが口に入って「ブッ」なんて慌ててるとき、ふとおじいさんに声をかけられるんじゃないかという気がしたけれど、日付けの前後は曖昧になって、もういつからおじいさんを見ていないのか、よくわからなくなっていた。
そして私は引っ越しをして、その花の咲いてる家の前を通ることもなくなってしまったんだけど、
ここんとこ歩いて(ちゃりん子家出中なので)駅に向かってたら、毎朝同じ場所に、ランニングのおじいさんが立ってることに気が付いた。たばこをふかしながら通りをじっと見ている。目の前にさしかかるとチラリと目をそらすのだけど、小学生には声をかけていたりもするから、そのうち私も言葉を交わすことがあるかもしれない、なんて思った。
そして私もいつか、目に馴染んだおばあさんになって「でもあのばあさん水曜日にはいないんだぜ」「その日は秘密基地で修理されてるらしいよ」「サイボーグだ」とか小学生に噂される都市伝説になりたいと思う。