冬の空

ぼんやりネットを見ていると、たまに、どこからどんな経緯で開いたのか覚えていないタブが残っていることがある。
先日、そんなふうにして出くわしたページを、これいい写真だなとか思いながらスクロールしていったら、その先に「高校に受かった」と書いてあるのを見つけて、思わず手をとめた。
「いい写真だな」と思った時点でわたしは多分、相手(そのページを管理している人)を目上のように感じていて、だからこそ、「高校に受かった」という一文に少し驚いたのかもしれない。
でも、それだけじゃなくて、いつの間にかそこに写っている海や、雪や、冬の空の下に、受験生の自分もいるような気分になっていたのが不思議だった。そこにいる私はまだパソコンも持っていなくて、毎日退屈で面倒で夜は親にかくれてラジオを聞き、授業中は居眠りばかりしている。だから同級生がこんな写真を撮って、ネットに日記を書いてるなんてことは知らずにいて、それをたまたま見つけてしまって、どこか、おいてかれたような、そんな気分になっていた。
自分の方がずっと年上なくせにおかしな話だけど、それは「物語」を読んでいるときの感情移入とも、自分の時間に対する後悔とも違って、初めて見るページの、書き手に対する先入観もないまっさらな場所だからこそのねじれ方のように思えた。