前髪3ミリ

見知った町を歩くたび、思い出すことが多すぎてそのうち今が埋もれてしまうんじゃないかと思っていた。今日もまた、窓の外を眺めながら10年くらい前の、おでこが広いことをやたら気にしていた頃のことを思い出したりして、今もつい前髪を作ってしまうのは、その名残なのかなーとか考えてみる。
でももう、風が吹いたからっておでこを死守することもないし、この道を曲がってすぐのところにある、かつて住んでいた部屋にはもう二度と入ることもない。玄関入ってすぐの台所と、私の白い琺瑯の鍋。タイから買ってきた銀のコップの冷たい感触はいまでもはっきりと思い出せるのだけど、
でもそれを惜しいと思っていた頃すらもうずいぶん昔のことで、噛み砕かないように注意深くしていても、いつかは無くなって余韻だけになる。そんなふうに、思い出す出来事は増える一方でも、その濃度はちゃんと薄まっていくのだなと思う。
そこには懐かしいとも違う、ちゃんと過ぎたなと思える心強さがあって、いつも、今どこにいるのかは良くわからないけれど、いつかよりは今のほうがずっといい。
だから、弱点気にし続けるより、気にしてること忘れる方がいいんだよ? なんてことを、髪切った早々全開になってるおでこを直せと妹に言われながら考えたりした土曜日。
風が涼しくて気持ちのいい季節になったなと思います。

写真は友達の家に遊びにいく途中、本屋さんの店番してた猫