- 作者: コーマック・マッカーシー,黒原敏行
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2008/06/17
- メディア: ハードカバー
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物語の舞台は、何らかの理由で取り返しのつかない状態となってしまった終末の世界で、主人公となる父子はやがて来る冬に備えて南へと向かっている。生きている者のほとんどいない世界でいつ飢えるかもわからず、たまに見かける人影はすべて「敵」である可能性を持つ。そのような状況の中で、父は息子を守ることを第一に考えて行動する。そして、善意の象徴であるかのような息子の存在は、彼を力づけ、時に迷わせる。彼らの会話はまるで自問自答のようだ。
一ついえるのは自分のためだと生き延びられないってことね。あたしも自分のためならここまで来なかったからわかるの(p52)
と言った母親と彼との違いはどこにあったのだろうか。それはわからない。ただ、本作の着想を得たきっかけとして、「息子が眠ったあと、深夜に窓から外を眺めていたマッカーシーは、列車の物悲しい汽笛を聞きながら、五十年後、百年後にはこの町はどんなふうになっているだろうと考えた」(p265)とあとがきに書かれていることからも、この作品はもともと父と息子の物語として描かれたのだろうとは思う。だとすると「自分のためだと生き延びられない」というのも、父親としての作者の言葉のひとつなのではないか。
希望はほとんどない。そもそも、希望が何なのかもわからない。とりあえず、生き残ること自体は希望とも思えない世界で、それでも彼らは道をたどりながら「火を運ぶ」。
少年は自分たちが「善い者」であるという父親の話を信じて行動しているかのように見える。少年が父親に、何度もそのことを確認するのを読みながら、もしかすると、「善い者」であろうとすることもまた、「自分のため」だと成り立てないことなのではないかと思った。そしてしばらく想像してみて、確かにそうかもしれないと思う。
「No country〜」の感想にも書いたように、この人の文章の特徴といえば、括弧を使わないことと、心理描写のないこと、だと思う。言葉はその場に差し込む光のように触れる。読む者の中に情景を映し出すような言葉と、特に少年のキャラクターを際立たせる翻訳はすばらしいと思う。
神さまはいない。そしてわしらはいない神さまの預言者なんだ。(p154)
道中で出会う老人のこの言葉が、ラストとつながるのにぐっときました。そして、p249に描かれた、少年の姿こそが、この物語のテーマなのではないかと思った。