2001年3月のセガサターン

Sがセガサターンをくれるというので、荻窪までとりに行った。Sの家に行くのは2回目だったけれど、大通りを左にまっすぐ行ってトンカツ屋(牛丼だったかもしれない)の角を右、という説明どおりに路地を入ると、すぐにSのオレンジのバイクが見つかった。
「あれも売り先は決まってるんだ」とSは言った。まだ埼玉に住んでいた頃、買ったばかりのそのバイクに触って怒られたのを思い出す。歩いて5分のフォルクスへ行くのにも、Sはひとりでバイクに乗って行った。「それなら乗せてくれればいいのに」というTの言葉に「どっちかだけ乗せるのは不公平でしょお」と抜け切らない名古屋なまりでへらへらと笑っていたのも懐かしい。
本気なんだかよくわからない笑顔は相変わらずだったものの、Sの部屋は様変わりしていた。家具は全てなくなり、紙袋に入ったセガサターンと、スーツケースひとつ、後はいくつかの空き缶が部屋の隅に並んでいるくらいだった。はじめてこの部屋に来たとき、私が散々うらやましがったチェックの座布団(犬用のソファだと言っていた)もなくなっていた。
「ほんとに行くんだねえ」というと、Sは「なにをいまさら」と言って笑った。
それはSがアイルランドに留学する数日前のことだった。
土産にもってきたビールを差し出すと、せっかくだから屋上で飲もうかということになった。
サビの浮いた手すりに触らないように階段をのぼる。物干し台しかない屋上は、大して見晴らしもよくないのだけど、室内にいるよりは沈黙が気にならないのがよかった。ただ、さすがに3月の寒さは気になって、ビールを1本飲み終えたところで切り上げ、そそくさと部屋に戻った。

帰り際、Sはセガサターンの袋から一本のソフトを取り出して見せた。確か「デイトナUSA」だったと思う。「これしかソフトないんだけど」といってSは袋ごと私にそれを手渡すと「じゃあまあ元気で」といってまたへらへらと笑った。
「日本帰ってきたら連絡してよね」「おー」なんて手を振った後、背中を見送ったのは私だった。さみしいっていうか、まあとりあえず元気で、という気分で家に帰って数日後、
せっかくもらったし、ちょっとやってみようかなと思ってサターンをつなぎ、いざソフトのケースを開けてみると、中に入っていたのは、
新世紀エヴァンゲリオン 鋼鉄のガールフレンド」だった。

というのを、今日コンビニでエヴァみくじみたいなのを眺めてて思い出した。Sは今、名古屋でお坊さんをしています。

写真は文とは関係ない。