魔法瓶

魔法瓶にコーヒーをいれて、散歩に出る。数か月前、閉店セールをやっていた雑貨店で買った緑色の魔法瓶。魔法瓶、って名前はなんだか大げさでいい。歩くたびに腰に当たるかばんごしの重みを感じつつ、特にあてもなく咲いた花などに釣られて歩いていると、ゆるやかな坂をのぼりきった先に小さな公園をみつけた。けやきだろうか、大きな木があって、その脇で濃さの異なるピンク色のジャケットを着た女の子が2人、自転車にまたがったままなにやら思いつめた顔で話をしている。
ベンチに腰を下ろし、文庫本を開く。コーヒーはすこし薄かった。行間を漂う昼間の明るさに反して、すぐに手元が暗くなる。

顔を上げると夕焼けの中にいくつかの灯りが沈んでいて、あそこに人がいるんだということがすこし不思議に感じられた。ピンク色の女の子たちはもういない。ざあっと吹く風がにせかされ公園をあとにしながら、どうしてこんなとこにきたんだっけな、と思う。
どうして、という言葉に続いて思い起こされることのひとつひとつはありふれていて、残るものはいつもほんの少しだ。それはなんでだっけ、なんででもない、そうだから、そうだ。
家に帰ってから、あまったコーヒーを飲みつつ、本の続きを読んだ。誰かに見下ろされているような気持ちで、灯りをつけて、昼間の物語を読んだ。魔法瓶の中のコーヒーはまだあたたかくて、魔法みたいだなと思う。