頭の中のハサミ

あんまり考えたくないことが思い浮かんだときは指でハサミを作るのが子どもの頃からの癖だ。むかし「ゆかいな床屋さん」っておもちゃがあったけど、あんな風に頭から伸びてきた考えたくないこと線をハサミで頭から切り離すようなイメージ。いつからやりはじめたのかはよく覚えていないけど、でもこれがわりとうまくいく。指でさっくりと切り取って、その断面を見るようなイメージについて考えていると、だいたいバームクーヘンとかスイートポテトとかプリンのことに頭の中が切りかわる。たまに切りにくいアップルパイなどがでてくる場合もあるが、そういうときはきちんとナイフを出してくればいいだけのことだ。

考えたくないことというのは、例えばこわいことだ。1匹みつけたら○匹系の話とか、鏡が妙に気になるとか、口に出すのもためらうようなやつ。それから腹が立つこと。これは、ちゃんと考えた方がいいときもあるけど、通勤電車での一時的な腹立ちなどを引きずりたくないときに、ハサミはわりと役に立つ。
ただこのハサミは、恥ずかしいことにはなかなかきかない。もう十年以上前の告白シーンとか、若気の至り的なチャレンジ精神溢れる服装とか、勢いで知ったかぶりしてしまったとか、布団の上をゴロゴロ転がりたくなるような恥ずかしさは時を経てもなかなか「そんなこともあったね…」箱におさまってはくれず、自分が自分で恥ずかしい、というこの感覚の強さはなんなのだろうとしみじみ思う凪を乗り越えてなお第二波に飲まれながら、やっとのことで取り出したハサミを鎌首に突き刺し、息絶えたそれを丁寧に解体し、切り分け、串にさしてたき火で炙り、満点の星空のしたで舌鼓をうつ。