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 「マン・オブ・スティール」

監督:ザック・スナイダー
先日見に行ってきました。景気のいい映画を公開日に新宿ミラノ座でビール飲みながらっていう鉄板コースを堪能できたのでとても楽しかったー。

スーパーマンといえば、やはりクリストファー・リーヴさんのスーパーマンが有名だと思うのですが、私は見たことがありません。ただ物心ついたかどうかという頃に、お母さんが居間のブラウン管テレビで電話ボックスのようなところから飛び立つスーパーマンを見ていたのを覚えていて、それが思えばクリストファー・リーヴさん版だったのだろうなと思います。ほんとちらっとしか見たことないんだけど、テレビからヒーローの活躍を見守る日常…という構図が私が長らく抱いてきたスーパーマンのイメージだった。

今回の「マン・オブ・スティール」では、生まれて間もないうちに地球へと送られ、人間として育てられたクラーク・ケントが、スーパーマンとして地球の平和を脅かすものと戦うという決意をするまでがわりと丁寧に描かれている。わりと丁寧に描かれてはいるんだけど、そんなことより本題はアクションと筋肉!牛丼の上に載ってる肉を食べたと思ったら米の下にも大量の肉が敷き詰められていて、しかも牛皿が付いてきますよステーキもあるよ、といった感じの、需要と供給のバランスが狂ってるんだけど、その勢いに圧倒されちゃうよねという感じの映画でした。
ザック・スナイダーさんの映画は「300」と「エンジェル・ウォーズ」しか見たことないですが、どっちも好きだし、どちらも思えばそういう映画だったような気がします。もちろんアクションシーンの描き方はちゃんとその映画にあったものに進化していて、今回のスーパーマンに関して言えば、重そうな身体を活かした重力描写だったり、一見すると戦いにくそうだけどスーパーマンにマントは欠かせないよねというこだわりだったり、その描写いるか?って思うところもあるんだけど全部いるんだよ!とうサービスというか熱意みたいなものが画面からしみ出してくるようでした。
だから物語部分についての説得力は役者力に任せようということなのか、2人の父親はラッセル・クロウケビン・コスナーさんが演じるという超豪華キャストでした。
特にケビン・コスナーさんがいたからこそ、クラークが力を秘密にすることにこだわりつつ、秘密にしていることに葛藤してもいるという設定に重力が伴っていた気がするのでこのキャスティングは良かったなと思いました。

ただところどころ挟まれるコミカル要素がテンポ悪い感じもして、個人的にはヒロインとヒーローのキャラクターにいまひとつ愛着をもてなかったのが残念。ザック・スナイダー監督の画面は油絵みたいな質感が綺麗だなと思うんですが、画面が重厚すぎてコミカル要素が浮いちゃうのかなとも思う。
そして、みんなのヒーローの代名詞としての「スーパーマン」の様子がもうちょっと見たかった気もする。ヒーローはもっと応援されていて欲しい。特にスーパーマンは。