「her 世界でひとつの彼女」

監督:スパイク・ジョーンズ

映画を見ながら、さまざまな考えごとの扉が開いていくような、とても面白い作品でした。
近未来のLAを舞台に描かれる、人工知能が搭載されたOSに恋をした男性セオドアの物語。主人公は別居している妻への思いを引きずっている状態で、ふさぎこんでいることが映画の冒頭から示される。そんな折に出会ったOSは彼の理解者として、いわば無償の愛というか、はじめから彼を受け入れてくれる存在として現れる。弱っているところにそんな相手が現れたとしたら、たとえ相手がOSで、つまり生身の体がないとしても、恋に落ちてしまうのは仕方ないよね…、と思うだけのリアリティがOSサマンサの声(スカーレット・ヨハンソン)にはありました。
こういった設定につきものである「人工知能に心があるのか」という点はあまり掘り下げられていなかったのだけど、言葉というのはそれ自体に意味はなく、発する者と受け取る者の中にのみ、意味は生まれるのだと思う。そう考えると、心というのは意味を見出す装置のようなものなのかもしれない。
映画を見ていてもっとも印象的だった台詞に

「ときおり僕は、自分が一生のうちで味わうべき感情をすべて経験し尽くしていて、もう新しい感情は得られないのではないかと思う」*1

というものがあったのだけれど、サマンサとのやり取りを通してセオドアの中には新たな感情が生まれたことは確かだろうし、ならばサマンサの心はセオドアの中にはあったと言えるのかもしれません。
ただ、サマンサのように出会いがしらでから自分を理解してくれる存在、というのは生身の人間ではほとんどありえない。元妻との会話でも明らかなように、セオドアは相手に理解してもらうためのハードルを避けて通り続けていた。私は時折、自分のコピーロボットと話してみたいと思うことがあるけれど、生活をともにするOSサマンサは、それにとても近い存在なのではないかと思ったりもした。
それはいわば自慰行為に近い関係性だと思うのだけど、ラストの展開は、彼女がコピーロボット(のようなもの)ではなくなった証でもあり、セオドアがそれに気づいたということだったのかなと思います。

近未来であることを見ていて自然に受け入れられる美術、小道具もよかった。写真の安全ピンとかほんと気が利いてるなと思う。そして映画の中でも重要な役割をはたす音楽がとくにすばらしかったと思います。
特に海辺の音楽と写真の音楽がよかった。音楽ってすばらしい。

*1:正確に覚えてなかったので、こちらの引用を参照しました→http://eiga.com/movie/79523/critic/