「無敵の人」と「憧れ」の傲慢/ヤマシタトモコ「運命の女の子」

3本の短編が収録された作品集で、サスペンス、群像、SFと、それぞれ全く違うジャンルなのにそのどれもがすばらしかった。これまでのヤマシタトモコ作品らしさも感じつつ、こんなお話も描くのかという新鮮さと新境地への挑戦を感じました。
できるだけ内容を知らずに読んだ方がインパクトがあると思うので、まずは気になってるかたはぜひ、とおすすめしたいです。

『無敵』

冒頭数ページを読んで、まず思い出したのは「無敵の人」という言葉。『黒子のバスケ』事件の犯人が意見陳述で使用した言葉として今年話題になったものです。この『無敵』は2013年末発売のアフタヌーン2月号掲載なので、その意見陳述より前のことになりますし、「無敵」という言葉の使い方が少々異なるとは思います。ただ、「無敵の人」と相対したときに一体何ができるだろう、と想像してみた時のぞっとするような無力感には近いものがあると感じました。
相手の言葉を汲み取るには、ある程度相手の気持ちに歩調をあわせようとすることが必要だと思うけれど、そもそも相手の足がどこにあるのか見えない。そんな感じの恐ろしさ。
それは例えば「ノーカントリー」のシガーが通りすがりの商店で賭けをもちかけるシーン*1にも似ていると思います。
反復し逸脱し途切れる時系列の編集と、読み終えたときに気づく表紙の意味まであわせてとてもよく練られた短編だと思いました。

『きみはスター』

ヤマシタトモコさんは漫画を読む側の第一印象や先入観をすごく計算して漫画を描いてるんだろうなと思う。例えば凝ったデザインはメインの登場人物で、シンプルに描かれた人物は脇役(「かぐや姫の物語」での捨○の奥さんとかね)などという、読者の先入観、キャラクターへの「見くびり」を見越した上で描かれていることを感じる作品でした。読み進めていくうちに幾度も裏切られるのが気持ちよくて、読んでいてすごくぞくぞくした。
そして何より、「憧れ」という感情の、自分が下位に立っているかのような態度で、実はとても傲慢であったりする側面をまざまざとみせつけられて、なんだか泣きたくなりました。
憧れているのはとても楽。けれど同時に切実でもある。そのギリギリの足場に立って、最後に発される「星は落ちてこないから星なのだ」という言葉は、憧れということの本質なんじゃないかと思いました。

「不呪姫と檻の塔」

まさかヤマシタトモコさんがジュブナイルSFを描く日がくるなんて!と驚いた1本。重量感のある短編が2本続いたあとにとてもさわやかな気持ちになれる作品でもありました。
そんなベタな!と思うけどそのベタさに救われることもあるよねっていう。まんまと目がぶわっとしました。