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 教訓

思えば先週の日曜日から様子はおかしくて、目が覚めたら長時間正座をした後の足みたいな感じでなんだか右手がしびれていた。でもまあどうせ寝違えたんだろうと思い、いつもどおりに洗濯物をした後、最近買ったノートパソコンを持って出かけて数時間書き物をした。夕方になっても腕はしびれていたのだけど、たいていのことは眠って起きたら治ると思っている再起動主義なので大して気にもせず、買ってきた里芋を10個ほど剥いて1週間分くらいはある筑前煮を仕込んだのだった。
翌朝起きると腕のしびれのことは忘れていて、でもなんだか手首が痛かった。10年くらい前、あのときはThinkPadだった気がするけれど、とにかくトラックパッドのノートパソコンを使うようになってすぐ、右手の親指が腱鞘炎になってそれ以降、癖になったのか数ヶ月に一度は痛くなる。
だから今回もそれだと思い、適当にテーピングをして2日間仕事をした。
そして水曜日の朝になったら右手が上がらなくなっていた。痛いのは親指ではなく、肘になっていた。

焦って病院に行くと、まずはレントゲンを撮りましょうということになった。撮影のために「こういう感じで肘を曲げてください」と言われたポーズすらとれない始末で本格的に焦ったけれど、結局親指から続く腱の束が肘で炎症を起こしているということで、レントゲンを見ながら、やたらと体格のよい先生が「こりゃあ痛いわ」と言ってくれたことで少し気が楽になる。
痛みというのは個人の感覚でしかないので、この痛みが他人にとってはどのくらいの痛みなのかはわからないし、このくらいで痛いと言っていいんだろうか、なんて悩んだりすることもあるのだけど、こんなたくましい先生が「こりゃあ痛いわ」と言うなら痛いのも仕方ない、と思うことができ、私は安心して痛がることにした。
とにかく絶対安静。痛みに耐えられなかったら注射を打つけれどもとりあえずは湿布と痛み止めで様子を見ましょうと言われる。処方薬をもらいにいった薬局のお姉さんも、右手が使えない私がもたもたとお財布を出したりしまったりするのを優しく見守ってくれていて、
そう、私はこんな風に優しく見守られながら成長したい。と思ったのだけれど、そのもたもたはコンビニなどでは冷遇されたのですごすごと家に引きこもることにした。

まあそんな具合で右手がまったく使えないのでその日は仕事を休んだのだけれど、利き手が使えないと会社を休んでもできることが全然ない。腕を動かすことすら億劫なのでお茶も入れたくないし食事は片手で食べられるパンに限るし大好きなポテトチップスすら、袋を開けるのが面倒で(はさみが使えない)食べられない。漫画も読めない。
結果ひたすら肘を保冷財で冷やしながら、録画消化をして1日が終わった。

翌日からは仕事に行ったけれど、キーボードを打つ速度が遅いと、考え事すらはかどらないことには難儀した。まるで風邪をひいて声を出すのが億劫なときのように、キーボードが打てないと言葉すらスムーズに浮かばない。つまり私の喉はキーボードだな、なんてぼんやり思ったけれど、
今になって思えばただ痛みで気が散っていただけかもしれない。

それでも何とか回復した今現在はキーボードを打てるのが嬉しくてこんな長いだけの日記を書いている。
だからせめて今回の教訓だけでも書いておくとすれば、今度からは、腕がしびれるようなことがあった段階で安静にするか医者に行こう、それは危険信号であり、そんなときにただでさえ剥きにくい里芋を剥いたりするのは避けるべきである、ということだろう。終。