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旅行

まだ大学生の頃、二度目の個人旅行でタイを回って、すっかり感化されてしまった私は、帰国してからもしばらく興奮状態で、当時付き合っていた彼に海外旅行の素晴らしさについて語ったりしていた。
今になって思うと、すでに社会人として働いていた彼には、まだ学生だった私の発言は随分暢気で、生意気なものに聞こえただろう。
そのことが直接の原因というわけではないが、結果的に、彼とはその数ヶ月後に別れることになった。
私は当時そのことを、なぜなのかわからないままにとても後悔して、次に控えていた旅行をキャンセルしたりもしたのだけど、
今日のような、梅雨明けのむわっとした空気をかきわけて歩く日には、その10日間程度のタイ旅行のことが繰り返し体感として思い出され、苦い思い出はあれど、やはり時間に融通の利く学生のうちにたくさん旅行をしておいたのはよかったなと、今は素直に思う。

タイについて数日後、バンコクの安宿街でチェンマイに向かうバスを予約した。
近くにあった寺の境内でバスを待っていると、集まってきた乗り合い客の半数以上は欧米人だった。実際、その安宿街のテラスで酒を飲んでいるのは、たいていが欧米人で、一度相席をしたフランス人の男性に、なにしろ夏休みが90日あるからね、と言われてからずっと、私はフランスの夏休みに憧れを抱いている。

深夜に発車したバスは満員で、身体が大きく座席に座りきれなかった男性が通路に横になるのを見て、隣同士に座った私と友人は、身体が小さくてよかったねと言い合った。
明け方、たぶんバスがパンクして、雑然と赤と青の椅子が並べられているだけのPAで何時間も待たされることになった。そこはフードコートのようだったが店はひとつも開いていなくて、私たちはひたすら、バスを囲んであれこれ言い合う運転手達を見ているしかなかった。
不安気な顔をしていたのだろう私たちに、近くに座っていたドイツ人の女性がクイズを出してくれた。細かな内容は忘れてしまったけれど、とても聞き取りやすい英語だったのは覚えている。

やっとバスが動きだし、宿についた私は真っ先に日本へ電話をかけた。
電話はとられることなく、しばらく発信音を聴いて、切った。

季節の変わり目などのふとした瞬間に、ここではないどこかの、
例えばその朝の、砂でざらざらした床と、白っぽく霞んだ空、今何が起きているのかいまいちわからないままに、数時間待ち続けた心細さを思い出すと、
もしかすると本当はいまもあのPAで、バスが動くのを待っているんじゃないかという気分になったりもする。

旅行というのはそうやって、自分を千切って、あちこちに置いてくる作業なのかもしれない。
例えば挿したレゾネーターを、遠くから見守るみたいに。