怖い話

例えばふと気が緩んだ瞬間に、普段はしないようなミスをする。けれど疲れているし、眠たいし、これはきっと些細なことだから、と目を逸らしているうちにいつの間にか、それは火種となって延焼を続けている。自分の預かり知らぬところで。

先日読んだ「静かに、ねぇ、静かに」に収録されていた「奥さん、犬は大丈夫だよね?」もそういった話だった。ネットショッピング依存症の女が、目を逸らし続ける話。あと1、2秒といったギリギリまで彼女は目を逸らし続け、一体どこまで逸らし続けられるのか、読んでいるこちらはハラハラして、いっそ逃げ切ってくれと願いかけたところで物語は終わる。
先日見た「ヘレディタリー/継承」というホラー映画にもそういった場面があった。ホラーは苦手なので見ている間はとにかくびっくりしたくないということに集中していたのだけれど、思い返してみると一番怖いのはあのシーンだった。とんでもないことをしでかしてしまった後、それを確認せず、とりあえず家に帰って、とりあえず布団に潜り込む長い夜。

冷静な人は、しでかした何かの気配に怯えて眠るよりも、状況に対処した方がずっといい、というかもしれない。
けれど、本当に取り返しのつかない、今自分が持っているすべてと引き換えにしても償えないものかもしれないものが突然にやってきて、すぐに冷静になどなれるのだろうか。こんなことなら普段から注意深く、誠実に、清く正しく生きるべきだった。そんなことを思ってももう遅い。

例えば、ベランダの手すりに植木鉢を置く。普段ならそんなことはしないのに、手についた泥を落とそうとして、ほんの一瞬だからとそこに置く。
鉢を片付けたら洗濯物を干して、昼食を食べたら買い物に行こう。そんなことを考えながら振り返り、そこにあったはずの植木鉢がなくなっていることに気づいたら、
すぐに向こう側をのぞくことができるだろうか。

そういった、日常の底が抜けるようなゾッとする感じは、おそらく「怖い話」の典型の一つなのだろう。
そして、自分にはどうかそんな瞬間がやってきませんようにと願うくせに、つい思い返してはゾッとするのをやめられない。
「怖い話」の魅力というのはそういうところにあるのかもしれないなと思った。

ところで、なんで今年は冬になってホラー映画がたくさん公開されているんでしょうか。
ちょっと忙しくなると盲点ができがちなので、ついつい怖いことばかり考えてしまう。
ヘレディタリーは本当に怖かったです。

静かに、ねぇ、静かに

静かに、ねぇ、静かに