在宅勤務の終わりと皿洗い

4月後半から続いていた、隔日の在宅勤務がついに終わってしまう。
元々片付けが苦手なたちなのだけど、引っ越してからはずっと隔日在宅勤務生活であったため、こまめに部屋の掃除をする時間があり(気分転換にうろうろしたくなる)、私にしてはなかなか整頓された室内を保てていたように思う。
ここからが正念場である。

体力の低下を感じるので、その点も心配だ。
しばらく前から、この運動不足はまずいぞと思い、ヨガマットなど購入してストレッチやらしてみてはいるものの、週に5日も連続で外出するなんて、ちょっとした旅行に行くくらいの心構えが必要な気がしてしまう。

旅行といえば、本当なら3月には韓国にいくつもりでチケットをとっていて、6月も友人たちと旅行に行く予定を立てていた。4月にも1泊で会津若松に読書旅をしようかななんて考えていたし、それらが全て中止になってしまったのは寂しいことなのだけど、
ただ、この自粛期間中、不思議と閉じ込められていたような気はしていない。
1人で暮らしていると、そう行動を変える必要もないというか、変えても変えなくても、それに気づく人はいない。ので、家にいる時間については「いつも通り」だったし、家事をする時間がとれるので、むしろ少し快適なくらいだった。ただそこには、うっすらと不安がつきまとってもいる。

部屋を掃除したり、洗濯をしたり、皿洗いをするのは、埃のような不安を振り払うのに役立った。
例えば、皿洗いをしていると、それを買った場所のことを思い出すことができる。
一番新しいのは、この街の食器店で買った黒い皿だ。蚤の市で買ったボウルは朝食によく使う。日本酒用にしている札幌で買ったグラス、ユッカで使われていたスプーン(閉店セールで買った)、300円均一の店で買った箸、スペイン土産のマグカップ。えのき模様の白い椀はもういない友人のライブ会場で買ったものだ。
食器だけでなく、家を見渡しているだけで、いろんな場所のことを思い出すことができるので、買い物はできるだけ、あちこちでするのが良い。

そして、記憶にあるいろんな場所が、今もそのままの姿である保証はないことを思い出す。
また行きたいと思っていた店がいくつもなくなってしまった。
いつか行きたいと思っていた店が、なくなってしまった話もきいた。
最近は「いつか」がいつなのかわからない時間が続いていて、「いつか」と先延ばしできていたことは、とても贅沢だったのだなと思う。

まだ行ける場所は限られているけれど、行ける時にはすぐ動けるように、まずは体力を取り戻したい。ヨガマットはいい買い物でした。