1か月の覚え書き

ソイ(文鳥)が私の家にやってきた6月16日から、はやくもひと月が経つ。
1月の半ば生まれなので(誕生日は1月16日に決めた)、生まれて半年が経つことにもなる…という節目なので、飼い始めてひと月の様子をメモしておこうと思います。

平日の生活サイクル

  • 朝の準備

6時に起きて、真っ先にケージカバー(遮光)を外す。餌と水を新しいものに取り替えてやったあと、自分の顔を洗い、自分の朝食の準備をする。
朝食を食べ終えたところで(6時20分くらい)、ケージの扉をあけてやる。放鳥をはじめてしばらくは、開くとすぐに手に乗ってきたが、最近は扉の上のパーチでしばらく身繕いをしてから手や肩に飛んでくることが多い。
テレビを見ながら30分ほど遊び(ストレッチをみまもるパターンが多い)、50分頃にケージに戻してから、身支度をして出勤準備。化粧品(特に日焼け止め)を使った直後に触るのはよくない気がして、なんとなくこの順序に落ち着いた。
家を出る直前に野菜(今は豆苗しか食べない…)をいれてやり、機嫌よく食いつくのを見てから出勤。
玄関のドアを開くと、リビングから呼び鳴き&囀りの乱れ打ちで引き止めようとしてるのが聞こえてきて名残惜しい。でもいつか「そういうものだ」と見送られる日が来るんだとしたらそれはそれで切ない。1年後はどうなっているんだろうか。

  • 夜(帰宅後)

現在、新型コロナの影響でなぜか残業禁止となっているため(謎)、19時過ぎには帰宅している。
ドアを開けると食い気味に「ピッ!」と反応がある。帰宅の挨拶をしに行くと、すでに扉パーチでスタンバッていることが多い。
餌と水を取り替えてやり、水浴び器を設置する。
ソイがそれらを堪能している間に、自分の夕食の準備をする。作り置きがある時はこの間に食べるが、ない時は下ごしらえだけして、ソイが寝たあとに調理して食べるパターンになっており、かなりお腹がすくので(自分の)、この辺りは要検討だ。
水浴びが終われば出してもらえるとわかってるのか、激しい呼び鳴きで急かされながら、ケージをあけてやる。
その状態でケージのトレイ掃除をして、しばらく遊び(最近はおやつにほぐした粟穂を食べさせてやることが多い)、20:30までにはケージに戻す。遮光カバーをかけてやるとすぐに静かになるので魔法みたいだな…と思う。
ソイが寝てから、あれこれ用事をすませ、私自身は23:30〜0:30の間に布団に入る。
眠る前、たまにケージから「ピ……」とかすかな声が聞こえる。小鳥も寝言を言うんだなということは一緒に暮らし始めてから知った。

変化としては、とにかく早起きに(自分が)なった。ソイのおかげでサッとベッドから出るし、めちゃくちゃ眠くても世話してるうちに目が覚める。
予想外だったのは、平日はもともと6時起きだけど、ソイがきてからは休日もこの時間に起きるようになったということだ。ソイが来る前は休日は予定がなければ早くても9時までは寝ていたというのにだ。
いちど「1時間くらいならばれないかな…」と7時に目覚ましをかけてみたのだけれど、6時を過ぎたところで遮光カバーの向こうから「ひゅーいひゅーいトルルルル…」みたいな控えめなさえずりが聞こえてきて目が覚め、起きてるんだ!? と飛び起きた。
そして遮光カバーをとってやったが最後、二度寝しようとしても放鳥が終わるまではゆるさんスタイルなので、遊んだりしているうちに、なんとなく目が覚め活動開始できてしまう。
おかげで休日が長くなった気がしてありがたい、けれどたまには9時くらいまで眠りたいような気もしている。

放鳥について

小鳥を飼うのは初めて(ほぼ)なので比較対象はないのだけれど、ソイはかなりびびりだと思う。例えば上階の人がものを落としたような音(コツッと聞こえる程度)でビクッと体を細くするし、見慣れない食べ物には近づこうともしない。これはまあ、誤食の可能性が減るので良い傾向だとは思っている。注意深く生きていきましょう。
その一方で、私の服が日々違ったりすることについては特に反応しないため、何を基準に私を認識しているのかは気になるところだ。ちなみに、風呂上がりに髪にタオルを巻いているとめちゃくちゃ警戒される(目をそらしてこちらをみないようにしている)ため、声のみで認識しているわけでもないようだ。

自分の名前はまだ認識していないと思う。呼んでもこっちを向いたりはしないし、離れたところから呼んで飛んでくるみたいなことはない。
放鳥中はほとんど手や肩で遊び、たまに机の上で粟穂を食べる…という感じで2回に1回は、その合間に部屋をぐるっと飛んで戻ってくるというのをやる。おそらくまだこの部屋の情報インプット中なのだろう。私はその中にある安全地帯のような立ち位置なのかな?と予想している。

放鳥中は、例えば左手にいるとき少し離れたところに右手を差し出してやると向こう側に飛び移る……のを繰り返すお手玉みたいなやつと、指で輪っかをつくってやるとその中にもぐる、というやつをよく繰り返す。
スマホの中に何か動いているものがあると激しくつつくため、放鳥中にメールをうつのは難しい。
特に反応するのは自分の動画で、スマホの上に飛び降りようとする様子(中に入れると思うのだろうか?)がいじらしく、さらに鳴き声でも聞こえようものなら、画面の向こうの自分を激しく呼び始めてしまって現実との境目があやうくなってくるため、あんまり見せないようにしている。

休みの日にのんびり放鳥できるときは手に乗せたまま映画を見たりもする。そういうときはさすがに手の上でウトウトしているが、普段は元気一杯のままケージに戻していて「うっかり止まり木に降りちゃったけど、まだ終わりのつもりじゃないんです〜〜!!」みたいな反応をされるので、いつかもっと巧妙に帰宅拒否されるときもあるだろうな…という気がしている。それはまあその時考えればいいか。

  • 今後

寒くなってきたときのためにヒーターを購入してあるのだけど、その設置については、どのようにするのが安全なのか、まだ色々悩んでいる。
現在はケージ内(というか外付け)で水浴びをさせているんだけど、調べるとヒーターの電球に水がかかると破裂の恐れもあると書いてあったりして不安だ。とはいえヒーターを使わないという選択肢はない(寒さに弱い)ため、ケージの外につけるのが正解なのか、とあれこれ考えてはいるけれど、使ってみないとわからないことも多そうだ。
野菜を豆苗しか食べないことについては、獣医さんに「ビタミン(水に溶かしてあげるタイプのものを使っている)をあげているなら必須ではないですよ」といわれてるのであまり気にしてない、けど、豆苗を食べるのは楽しそうだし(茎を折るのが好きみたいだ)、他の野菜もそのうち食べてくれたらいいなと思う。
あと、テフロン加工が高温になった時に出るガスが小鳥によくないと読んだので、飼い始める直前に「小鳥 フライパン おすすめ」とかで検索してセラブリッドのフライパンを買ったのだけど、間違えてサイズがでかいのを買ってしまい、使い勝手が悪いので小さなフライパンが欲しいなと思っています。
小鳥はとてもかわいいです。
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使っているビタミン剤

私が遅くまで起きているのと同じ部屋にいるため、遮光カバーは買っておいて良かった(サンコーのケージにHOEIの大きめカバーを使っています/サイズはこれじゃないと思うけど)

小鳥について

先週、6月16日から、小鳥を飼い始めた。
種類は桜文鳥で、名前はソイ、フルネームはソイソース。最初は一番好きな調味料であるところのおしょうゆという名前にしようかなと思っていたのだけど、呼びにくいのでソイになった。
初日はケージの隅で固まっていたソイも、1週間経ってずいぶんと慣れてきたような気がする。


実家では私が小学校に上がった頃からずっと猫を飼っているので(現在も3匹いる)、私の小鳥に対する経験値は0だ。
幼稚園の頃、祖父母が短期間同居*1していたときに、文鳥セキセイインコがいた記憶があるけれど、彼らはいつのまにかいなくなっていた。逃げたり、近所の猫に襲われたり、という話も聞いたが、最終的に祖父母家に引き取られた鳥もいたはずだ。
それらの小鳥は、祖母が虫取り網で捕まえたなんて話も聞いた気がして、全ての詳細が明らかでないのだけれど、摘んだはこべをあげたことは覚えている。


新居はペット可物件だったため、家を決めた時から文鳥を飼うと心に決めていた。
調べてみると、引っ越し先の近くに、小鳥専門のペットショップがあることもわかり、その店のブログなどを読んで好感を持ち、そこで小鳥をみつけようという計画を立てていた。
本当なら引っ越してすぐに飼い始めたかったのだけれど、新型コロナ感染症の影響でそのお店も閉まっていたため、5月はひたすら文鳥の飼育書などを読んで過ごした。

6月に入り、ブログで再開のお知らせを見てすぐお店に向かったものの、
文鳥が生まれるのはだいたい9月以降と聞いていたので、今はいないかもしれないと半ば覚悟していた。セキセイインコも好きだからセキセイもいいな、でも初志貫徹で文鳥を待つべきか…なんてかなり悩みながらお店に向かった。
再開を心待ちにしていたその店は小鳥の声に溢れていて、整った店内の様子からも、小鳥たちがみな大事にされていることがわかった。だからこそなのだろう、30ほどあるケージのほとんどに、予約済のふだがついていた。
私の前にいたお客さんも「〜予約で埋まっていて」「何月頃に」「まだわからなくて」なんて話をしている。

きっと今日は無理だろう。無理だとして、ここで予約とかした方がいいのか、それとも別のお店に行ってみようか…なんて考えながら、しばらく離れがたい気持ちでケージを眺めていたところ、
5羽いた文鳥の中にひとつだけ、値札も予約済シールも貼られていないケージがあることに気がついた。ちょっとおっとりした感じの桜文鳥で、床に置かれた餌皿の餌をぼろぼろこぼしながら食べているのがかわいい。
もしかして、と期待しながら尋ねてみると、
生まれつき足が少し変形している子なので、まず説明をするために値札を貼っていないのだという。ただ、すでに健康診断は複数回受けており、足の状態も、健康面についても、問題はないとのことだった。

そんなわけで、その5か月の文鳥がうちにくることに決まった。その日はまだケージがなかったので迎えに来る日どりだけ決めて帰り、
大急ぎでケージその他諸々を注文し組み立て、6月16日がやってきた。
移動用キャリーを揺らさないよう、捧げ持って家に帰る。
恐る恐るキャリーに手を差し入れ、ごめんね〜と声をかけつつ、なんとか包むようにして捕まえ、ケージへと移動させた。
この時私は初めて小鳥に触った。すべすべで、求肥のようにやわらかく、手のひらに収まるほどの生き物だった。

その後、徐々にではあるけれど、日を追うごとに確実に慣れ、1週間が経った今は、扉をあければ自分から出てくるまでに成長した(すごい)。手のひらを差し出すと飛んでくるので嬉しい(えらい)。
小さな足が私の指先を捕まえる。最初はその冷たさに驚き、インターネットで慌てて検索するなどしたが、今は少し遊んでいれば、あたたかくなるものなのだということを理解した。
足があたたかくなると、腰を落ち着けてくつろぎはじめる。時折、くちばしを歯ぎしりみたいに鳴らすのは満足しているからなのだろうか。

うとうとしはじめると、指先にソイの心臓音を感じる。
こんなに小さな生き物に対して、私にどれだけのことができるのかわからないけれど、とりあえずソイのために少し早起きをするようにはなった。

朝、おはようと声をかけてもスルーだが、餌を入れる音は確実に聞き分けて歓迎してくれる。
満腹になると外に出たいとアピールをする。
外にでても、今のところはほとんど手のひらの上でキョロキョロかウトウトしている。野菜はまだ見慣れずこわいようだが、横たえた豆苗をいじりたおすのは楽しいみたいだ。
急がず、ゆっくり生きて欲しいと思う。
今朝は初めて手のひらの上で歌を歌った。

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*1:おそらく祖父母が家を建てている最中だったのだと思う

在宅勤務の終わりと皿洗い

4月後半から続いていた、隔日の在宅勤務がついに終わってしまう。
元々片付けが苦手なたちなのだけど、引っ越してからはずっと隔日在宅勤務生活であったため、こまめに部屋の掃除をする時間があり(気分転換にうろうろしたくなる)、私にしてはなかなか整頓された室内を保てていたように思う。
ここからが正念場である。

体力の低下を感じるので、その点も心配だ。
しばらく前から、この運動不足はまずいぞと思い、ヨガマットなど購入してストレッチやらしてみてはいるものの、週に5日も連続で外出するなんて、ちょっとした旅行に行くくらいの心構えが必要な気がしてしまう。

旅行といえば、本当なら3月には韓国にいくつもりでチケットをとっていて、6月も友人たちと旅行に行く予定を立てていた。4月にも1泊で会津若松に読書旅をしようかななんて考えていたし、それらが全て中止になってしまったのは寂しいことなのだけど、
ただ、この自粛期間中、不思議と閉じ込められていたような気はしていない。
1人で暮らしていると、そう行動を変える必要もないというか、変えても変えなくても、それに気づく人はいない。ので、家にいる時間については「いつも通り」だったし、家事をする時間がとれるので、むしろ少し快適なくらいだった。ただそこには、うっすらと不安がつきまとってもいる。

部屋を掃除したり、洗濯をしたり、皿洗いをするのは、埃のような不安を振り払うのに役立った。
例えば、皿洗いをしていると、それを買った場所のことを思い出すことができる。
一番新しいのは、この街の食器店で買った黒い皿だ。蚤の市で買ったボウルは朝食によく使う。日本酒用にしている札幌で買ったグラス、ユッカで使われていたスプーン(閉店セールで買った)、300円均一の店で買った箸、スペイン土産のマグカップ。えのき模様の白い椀はもういない友人のライブ会場で買ったものだ。
食器だけでなく、家を見渡しているだけで、いろんな場所のことを思い出すことができるので、買い物はできるだけ、あちこちでするのが良い。

そして、記憶にあるいろんな場所が、今もそのままの姿である保証はないことを思い出す。
また行きたいと思っていた店がいくつもなくなってしまった。
いつか行きたいと思っていた店が、なくなってしまった話もきいた。
最近は「いつか」がいつなのかわからない時間が続いていて、「いつか」と先延ばしできていたことは、とても贅沢だったのだなと思う。

まだ行ける場所は限られているけれど、行ける時にはすぐ動けるように、まずは体力を取り戻したい。ヨガマットはいい買い物でした。

オンライン母の日

母の日に何をあげようかときょうだいで相談しながら、こんな時なので当日はオンラインで顔見て話せたらいいねという話になり、
父母と同居している下の弟が色々取り計らってくれたおかげで無事、当日は昼前に皆で画面越しに会うことになった。正月は妹が夫方に帰省していたため、揃って会うのはずいぶんと久しぶりだ。
ようやく繋がったところで父が風呂に入ってしまい、変わらぬマイペースぶりにひとしきり笑ったが、同じくらいマイペースなのが上の弟で、繋がってはいるが長いこと画面には甥っ子しか映っておらず放置されていた。
実家に届いたプレゼントの鉢植えをこれから渡しますよ、というタイミングでようやく顔を見せたのだが、ものすごい寝癖で現れ、またひとしきり笑った。

妹の猫に挨拶をして、私は新居の案内をして、上の弟と甥っ子は庭の畑に出て、育っている野菜を見せてくれたりした。
実家の父母は弟が用意したパソコンの画面で見ているけれど、それ以外の、私と妹と上の弟は皆スマホの小さな画面越しだったというのに、
こうして思い返すと、母の日はみんなで甥っ子の畑を見たな、という感覚になれるのが面白い。なんとなく、手に触れた土の感覚まで思い出せるような気がする。
そう感じるのは、記憶を再生するための材料が画面以外にもたくさんあるからなのだろうか。それとも、材料がありすぎて、記憶がごちゃ混ぜになるからだろうか。

眠っているときに見た夢を、実際の記憶と混同するのに少し似ている。こないだ会ったような気がしたと思ったら夢に出てきたんだったな、とか、そういう感じに。
まだ知らないものをみるときに情報量が重い気がするのは、一から読み込んでるからなんだなと、新しい街を歩いていると思う。きっと久しぶりに会う人の様子も「重い」だろう。

変わったこと


引越しをして、台所が広くなったおかげで久しぶりに自炊が楽しい。作り置きのおかずを片付けると、これで次のものが作れるぞ、と思うくらいには楽しい。
今は週の半分が在宅勤務なので、仕事の合間に料理をするのが良い気分転換にもなっていて、大して運動もしてないのにきちんとお腹が空くのは不思議だけど、3食きちんと食べているおかげか、心なしか体調も良い。

せっかくなので、ホーローのタッパーをもう一つ買い足したいなと思ったものの、近所で売っている店は閉まっているし、ネットで買うにしても最近は注文してもいつになるかわからないものが多い(買おうとしたタッパーもそうだった)。
そもそも、些細なものを配達してもらうのは申し訳ない気もするし、それならまあ、あるもので済ませようかな、と思うことも増えた。

そんな生活も、あともう少しで終わるのかも知れない。ここ数ヶ月は、どう振る舞うのが正解なのかが刻一刻と変化していて混乱するけれど、きっと元通りではないとしても、きっと終わるのだろう。
今見えている問題はまだほんの一部で、終わったあとに明らかになることがたくさんあるのだろうし、それに対処するためにも早く動かなければならないとも思う。
ただ、不安も多いとは言え、生活のことに集中していられる時間が多いのは穏やかなことでもあった。

引っ越してからの出勤は毎朝座れている。だからまだこの最寄り駅からの混雑具合を知らなくて、余計にあの満員電車の日々のことが嘘のようだ。満員電車で有名(?)な小田急線育ちなので、満員電車に乗るコツは心を無にすることだよなんて言って笑っていたこともある。
けれど今は、感染リスクを抜きにしても、人と密着して通勤電車に乗るということは正気ではないように思えるし、想像するだけで億劫だ(少なくとも満員電車についてはあれが恋しい、と思う人の方が少ないだろう)。

家族や友人と会いづらかったり、外で食事をできなかったり、映画館にいけないのは寂しいけれど、そういうのは主に休日の出来事であって、
どのように働きたいかという形はこの数ヶ月でかなり変化した。この感覚が元に戻るのか、戻って欲しいのかはわからない。