言わなければよかったのに日記/深沢七郎

ichinics2005-01-29ISBN:4122014662

楢山節考」でデビューし、「楢山節考」で語られることの多い深沢七郎の日記+エッセイ+掌編のアンソロジー。
私が著者の作品を読むのは「楢山」以来のことで、あまりにイメージが違うので少々めんくらってしまった。

この本は三部構成になっていて、第一部は日記。
主に文壇デビューしたばかりの著者と作家、武田泰淳正宗白鳥石原慎太郎などとの交流が、非常に素直な、おかしみのある本音とともに語られている。
著者は、とにかくうっかりしていて、とぼけていて、言わなければいいことをたくさん言う。
知らないことはすぐに聞き、興味のないことには適当に返事をし、好きな人には世話をやく。そしておせっかいかしらと不安になり、泥棒まがいの行為(庭木に登って家の中をうかがったり)をしてしまう。
とても愛嬌のある人だなと思い、いっぺんに好きになってしまった。

そして第二部は思い出のエッセイ。
第一部を読んでからだと、非常に沁みる。特に私が気に入ったのは「母校訪問」と「ささやき記」。
「母校訪問」では、自らの視線がいつのまにか都会のものに変わっていたことに衝撃を受ける著者の姿が印象的だった。
そして「ささやき記」には特に深く共感できる部分があったので、下記に引用します。

「本物とイミテーションでは銀行とギャングくらいもちがうと思う。(中略)自分の好きなものは(中略)ギョウザでも神様だと思っている」

音楽が好きで、プレスリーを賛美する著者の言葉だが、今、深沢七朗が生きていたなら、何を賛美しただろうと思う。
けれど、一番重要なのは、著者が当たり前のように、自分が、自分で好きだと判断し、賛美していることだと思う。
第三部は落語風の掌編。「ポルカ・アカデミカ」はまるで星新一のようだ。
あとがきは赤瀬川源平尾辻克彦名義で書いている。そこで書かれていた「流浪の手記」も読みたいと思う。

私は中公文庫で読んだが、その見返しに入っている著者の写真がまた良い。この表情が好きだなあと思う人はきっとこの本も好きなんじゃないかと思う。