白い茶碗

ひと目惚れという訳じゃなかった。
だって初めてその茶碗を見たときは特に気にもしなかった。
次にその店に行って、その茶碗に触れてみたのも、ただ真っ白な飾り気のなさに、うっすらと興味を覚えたからだった。興味というよりも、むしろ手持ち無沙汰から生まれた気まぐれといったほうが正確なくらいで、だからすぐそれは棚に戻して、本来この店にくる目当てである茶葉やらを選び、試飲したりして、店を出る頃にはその茶碗に触れたことなど忘れていた。
でも、家に帰ってみると、なんだか指先にあの茶碗のしっとりつめたい感じが残っていて、あの重さが、ここにないことが信じられなくて、次にあの店に行ったら、絶対手に入れててやろうと思い始めていた。
でも、そう、私はそれだけのために、その店に行くことをしなかったのだ。なんでだろう。一所懸命になるのが照れくさかったのかもしれない。それに、それが手に入らない可能性なんて、ちっとも想像していなかった。
だけど、次にその店に行ったとき、茶碗はもういなかった。窓際の隅っこの棚に、いつまでもそこにいるような顔をしてあの白が鎮座していたその場所は、新にやってきたこまごまとかわいらしい雑貨類に占領され膨れ上がっていた。
私の視線を察知したなじみの店員が、あああれとっておきましたよ、なんていって店の奥から取り出してくれはしないかなんて、甘えた妄想もしたけれど、もちろんそんなことがあるわけもなく、何気ない素振りでたずねてみると、私の言っている「白い茶碗」について、厄介払いができてよかったですよ、といわんばかりの口調で「ああ売れたんですよ、やっと」なんて言っただけだった。
薄暗い部屋のソファに座って、片付けられたテーブルの上に目を凝らす。あのぽってりとした、冷たい茶碗の姿を思い描く。欠点なんていくらでも思い浮かべられる。地味なのは好みだとしても、普段使いには重すぎるし、大きさも中途半端だし、特に美しくもなく、それなのに高すぎた。
それでも、私達はうまく付き合えたはずだった。あれでお茶を飲んで、毎日を終わらせたかった。そしてそれを、何十年も続けることが、出来ると思っていた。
でももうあれは、誰かの手元にあるんだ。願わくばその人とあの茶碗が、末永く仲むつまじく、日々を暮らしてくれますように。なんて大げさなことを思ってみたりもするけれど、
でもやっぱり、暫くはどのお茶を飲んでも、あの白い茶椀で飲んだらもっとすてきだったのに、と思わずにはいられない気がする。なんてこった。
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どっとはらい