古道具中野商店/川上弘美

古道具 中野商店

古道具 中野商店

なんでもないような、どこにでもあるような、ないようなお話。川上弘美さんのすごいところは、ほんとに何気ない日常のやりとりが、川上さんの言葉というフィルター越しに見ることで匂い立つような生生しさを伴うことだと思う。
これまでの多くの作品では、その生生しさがちょっとこわいような気もして、一冊読むと、お腹いっぱいになって、続けて川上さんの本を手に取ろうとは思えなかったのだけど、この「古道具中野商店」は丁度良い腹持ちというか、わりとのんびり読んで、もうちょっとこの空気の中にいたいような気持ちにさせてくれる本だった。
物語のあらすじなんてほとんどないような気がするけど、古道具中野商店で働くヒトミ、そして中野さん、中野さんの姉マサヨさん、ヒトミの恋人のような、アルバイト仲間のタケオ、それぞれの輪郭を描くようなお話だった気がする。そして彼らがいる、居心地の良い世界から、少しはみ出すまでの物語、と言えるだろうか。
中野さんが聖子について語るシーンが面白かった。

「俺の年で聖子のレコード買うってのは、意味がちょっと違うんだ」と言った。
(略)
「ヒトミちゃんだって、アユとか聞く時は異質な世界の娯楽として聞いたりするわけでしょ」中野さんは続けた。p139

この本からよりによってこの部分を抜き出さなくてもいいじゃんと思うけど、こういう定義にこだわるのって、面白いなぁと思う。好き、嫌い以外の話であって、これはつまらない言い方すれば時代とか世代とかによる感覚なんだろうか。