- 作者: グレッグイーガン,Greg Egan,山岸真
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2000/12
- メディア: 文庫
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とても濃密で、語るべきことに突き動かされているかのような文章が印象に残る。小説としては、まだプロットの段階のように思えるものもいくつかあったけれど、これはプロットというよりは、やはり「視点」の問題なんだろうな。
以下、長々と感想を書きますので畳みます
* * *
「貸金庫」
宿主の身体を移動していく「わたし」の物語。自分を自分で発見することの困難さを思い知る。そして、ラストがまたいい。そこからどうなっていくのかも読みたいけど、大事なのは見つけることだ。
「キューティ」
ハイテク「キャベツ畑人形」のお話。それが人であるということをどうやって判断するか、という命題のお話でもある。ラストの一文が秀逸だと思った。
「ぼくになることを」
『人類の頭の中には小さな黒い〈宝石〉がいて、ぼくになることを学んでいる(略)なんのために? ぼくがぼくでいられなくなったとき、宝石がかわりにぼくになれるようにだ』
という恐ろしい世界のお話。でも、例えば同一線上にある過去の自分と今の自分が異なる存在である、という設定のお話にも読める。
「繭」
この作品集の中で、最もミステリー的な話法で描かれている話だけども、社会の倫理の恐ろしさを描いた作品でもあり、それはこの作者にとって重要なテーマなんだろうなと思う。少数派を「受け入れている」社会でも、それを排除できる可能性があれば社会は排除を行うだろう、という強烈な皮肉に感じた。
「百光年ダイアリー」
未来の自分が書いた日記を読める、という設定のお話。日記を書く、書かない、は個人によるのだけど、そこに書かれてあることで「今日の出来事」をあらかじめ知っていても、それが真実かどうかは「それ」が過ぎてしまうまでわからない。このお話のラストもいい。
「誘拐」
きみがきみであることの根拠はなんだい? それは情報のパターンであって、物理的ななにかではないのさ。
というわけで自分の死後も、自分の複製がコンピューター内に生きている、という世界のお話。倫理的ではない結末だけど、結局はそういうことだよなと思ったりする。でもそれ以外の何か、を探してるんだろうなという葛藤も垣間見える。
「放浪者の軌道」
アトラクタ(共通の倫理をもった共同体、のようなものだと思われる)、は渦のような求心力をもつものとして描かれているのだけど、これは複数のアトラクタから受ける影響を調節しながら、その挟間を移動し続ける人々のお話。しかし、なにからも影響を受けずに自分の「考え」を保つということはとても困難で、さらに、それが影響を受けていないことを証明することは不可能に近い。かなり面白かったです。
ちなみにこの日に書いた文→id:ichinics:20060320:p1
「ミトコンドリア・イヴ」
遺伝子を遡って種族の根源を探す、というお話なのだけど、これはあんまりだったかな。自分が先祖とかにあんまり興味ないからかもしれません。イブがいるならアダムも!という世の中の展開は面白かったけど。
「無限の暗殺者」
これは、なんかこういう映画を見たことがある気がする。うまく説明できないけど、人が選ぶことができる選択肢をパラレルに描くという点に、すげー!、とおもいました。この説明じゃ意味がわからないと思いますが、読むと結構ビジュアルで思い描ける。小説ってすごい。
「イェユーカ」
「貸金庫」や「繭」でも思ったけれど、このお話はイーガンさんが病院で働いていた(とプロフィールに書いてあった)という経験が色濃く反映された作品なのではないかと思う。この本でずっと扱われていた題材だけど、この作品で、やっと「知らないでいる幸福」より「知る」ということを選択するという明確な信念のようなものが打ち出された気がした。
「祈りの海」
宗教をあつかった作品だけど、疑い深い主人公だからこそ、彼の受けた啓示にはリアリティがあるように感じられて、主人公と同様に、葛藤できるというとても興味深い読書だった。ラストの会話がとても気に入りました。
* * *
ところでこの本は、具体的にどれ、という訳ではないものの、michiakiさんの質問を思い出すものが多かったです。物語のテーマとなる部分では、この文→『「で、みちアキはどうするの?」無色透明な魂』を思い出しました。今頃言及するのもあれですが、このエントリを最初に読んだときは、ちょっと、かなり感動しました。いまだに気になってるというか、自分だったらどうかな、とか、時々考えています。