へこみ

聞けば嫌な気持ちになったりとか、悲しくなったりとか、さみしくなったりとか、することがわかってるなら、見なきゃいいし聞かなきゃいいよね、と思って、そう思っているうちにだんだん「噂話」的なもの(噂話一般ではなく)を避けるようになったのだけど、それを避けているということは、つまり私は「噂話」を聞くと気持ちがざわざわする、のだろう。例えば、○○は今◇◇だよ、とか、そういうこと。知らなければ知らないで、困ることなんてないのに。
でも時折、それを訊ねられることもある。その話はあんまりしたくないなぁ、と、私はいえてしまうのだけど、それじゃあまるで、なんだか過剰に、気にしているみたいじゃないか。でも気にしてるわけじゃないからね、と言えば、代わりの何かを訊ねられる。だから、それについてはとっておきたいのです、という場合には、じゃあまあ気にしているということにしておくのだけど、結局避けてるのは自分が気にしてるから、なのかもしれない。
そして最近は、自分もやっぱり「知らなきゃへこまないですむようなこと」を知りたいと思ってしまうんだなぁ、と思う。認める。知りたいことがある。その引力の具合はよくわからないけど、へこむのわかってて、近付いてるんだからあほだと思う。
でも、その凹みを克服する/知っても凹まなくなる、の二択以外があるんなら知りたい。なんて欲張りか。もう、跡形もなく、あっさりしたい。