芸術って何だろう

若冲展を見ながら、妹が「昔には画家として活躍した人が多かったみたいだけど、今はあんまり画家っていないよね」というような意味のことを言っていて、私は何かちょっとひっかりつつも「確かに絵そのものを売買するってのは少なくなったのかなぁ」というようなことを答えた。
で、答えてはみたけど、それは何かあんまりにも適当だったので、今からさらに適当なことを書きます。

「昔には画家として活躍した人が多かったみたいだけど、今は画家ってあんまりいないよね」というのが本当だとして、もうちょっと考えてみると、今はいない、というより「絵」の役割が様々なものに引き継がれているということなのかもしれない、と思った。例えばインテリアとしての屏風。
屏風といったら、今は間仕切りの意味合いの方が強いかもしれないけど、光の加減を調節して見る、という展示室を見ながら、広い畳の部屋で胡座をかいて、屏風を眺めるということが、きっと山に登って一息ついて景色を眺める時のような、娯楽であり得たんだろうなと思った。で、そんな魅力的な絵を描ける絵師が人気を集めたんだろうし、そういった意味では、きっと「画家」は今のデザイナーとかの役割に近かったんだろう。
とすると、ファインアートとして括られる絵画は、もともとは「装飾」であって、工芸品より後に出てきたものなのかもしれないし、とすると現在「実用性」を目的として製作されている工芸品やイラストが後からファインに区分されるということもあるのかもしれない。あー、もしかして、それを意図的にやろうとしたものがポップアートとされるものなのかな。
ともかく、それじゃあ日本で「ファインアート」とされるものは「今はない」んじゃなくて、もともと工芸品を主体として芸術/文化が成長してきたのが日本で、ファインアートという区分そのものが曖昧/もしくはないのかもしれない。
それはそれで面白いと思うのだけど、しかし何にでも「実用性」を(第一に)求めるのはつまらないなぁという気もしていて、ただ眺めるだけで娯楽として成り立つというような「絵」との暮らし、そうやって生活と結びつくような美術というのに、惹かれるものがあるんだけど、それを単純に受け手側からとらえるなら、例えば、お気に入りのグラス、とか、洋服、とか、絵本、とかそういうものでも良いのかもしれない。言葉にできない「いい感じ」。その最も根源的なもののひとつが景色なのかもしれなくて、この感じ、家にいるときも味わいたいなぁーっていうのが風景画のはじまりだったんじゃないかと、そこで屏風ですよって、ぐるりと巡ってかえってきた。

以上は何の調べものもしないで妄想しただけのことなので、実際の美術の歴史はどうだかわかりません。そして、作り手側から見たら、また全然違うのだとも思う。