夕暮れ

ぬるい空気をかき分けて、自転車を走らせる。すれ違う人から、風呂上がりのにおいがする。銭湯の傍には牛乳屋さんがあって、両手で瓶を抱えた子どもを追い越し、私はペダルを踏む。うなぎやさんの手に、煤けた赤いうちわが見え、通り過ぎた路地からは祭り囃子、前にはしん、とした住宅街が広がっている。その暗闇の中にそびえる緑色の輪郭に沿って発光する巨大な箱は、ゴルフ場、いわゆるうちっぱなしというやつで、私はそれに足を踏み入れたことがない。いつ見ても人気がないので、スポーツ施設というよりは、時間軸のずれた異空間のようだな、なんてことを、小学生の頃に考えたことがあるけれど、今みてもやっぱりそう思うし「魍魎の函」を読んでイメージしたのも、銀座のDiorのビルを見るまではこれだった。私はこの道を、もう何回通ったのだろう。駅前のスーパーで買い物を、新発売の北海道バターしょうゆ味を買いしめて、終わらせた帰り道、お祭りはもう終わっていて、浴衣姿の人が群れをなしてゆらゆらと流れていた。金魚の尾ひれのような帯と、その腕に巻かれた発光する輪の緑色が、目の端を通り過ぎる。