ヨイコノミライ/きづきあきら

ヨイコノミライ完全版 1 (IKKI COMICS)

ヨイコノミライ完全版 1 (IKKI COMICS)

ヨイコノミライ」を読んだきっかけは、IKKI本誌で完全版刊行記念の広告など見て面白そうだと思ったからでした。でも読み切り(id:ichinics:20060807:p1)がわりととっつきやすい話だったので、読んでびっくりもした。
ヨイコノミライ」は、ある高校の漫研が、そこに集う「夢でいっぱいのおたく」たちを「潰して」しまおうと画策する女の子(青木)の介入によって分裂していく様を描いたもの。この青木の画策は、「サユリ1号」などとも重ねられるし、漫画にトラウマがあるとほのめかされる設定は、IKKIで連載していた「G戦場ヘヴンズドア」を彷彿とさせる。「げんしけん」と同じくおたくサークルものではあるけれど、物語の雰囲気、特にラストの展開などを見ると、むしろ熱血漫画道ものなんだなと感じる。
しかし、この漫画の見所は、何といってもそのキャラクターの強烈さにあると思う。そして最も強烈なのは、「編集者志望の主人公」でも「異分子かつトラウマ持ちの青木」でも「感想と批評の区別もつかない自称批評家」でもなく、青木に「現実が直視できないオカルト少女」と称される平松さんだった。
彼女が現実を自分の都合の良い方へと解釈し、力技でねじまげていく様は圧巻。そしてぐったりさせられる。しかも後味が悪い。

イタさというのは多かれ少なかれ誰にでもある/というか他人から勝手に見つけられるものであり、何も特別なことではない。私だって存在の耐えられないイタさを感じて布団をかぶりたくなるような出来事は掃いて捨てるほどあるけども、面倒なので出来る限り忘れている。
たぶん、自分のイタさを笑えない/客観視できなかったことが、他人から見たイタさになりやすいのだと思うけど、客観を意識すること/しすぎることは、卑屈さとも紙一重にある。単に卑屈さが悪い、とも思わないんだけど、それが前提になってしまうと、つまらないなと思う。
特に登場人物の一人である「自称批評家」の彼については、個人的にもぐっさりくる部分がありつつ、それでもあのような語りをする人のことが嫌いだとは思わない。もちろん、押し付けられるのはいやなんだけど、持論をまげずに展開させる人の話は面白い。例えば「げんしけん」にて大野さんが「ホモが嫌いな女子なんていません!」と言い放つのを読んだときは、賛成反対以前にすがすがしいなーと思ったのと同じように、振る舞い自体を(青木がしたように)否定する気にはなれない。
そもそも、振る舞いに正解があるわけではないだろう。ただ、そこには日々改訂されていくルールがあるだけなのだと思う。ルールは破ってもいいけど、それには覚悟が必要で、覚悟がないと傷付くこともある。無理矢理まとめるとこんな結論にいきつくけど、それがどんなものなのか、私にもよくわからない。
ヨイコノミライ」における作者の視点は、一貫して、「夢見がちなおたくたち」の傷をえぐりながらも、決して登場人物たちをあざける方向に向かわず、傷の側に立っているように感じる。しかしそこには卑屈さもない。それは登場人物(特に平松)が他者の視線を意識する場面を「描かない」ということで強調されている。つまり、誰にどう見られたいという欲望ではなく、「自分だけの世界を守りたい」という欲求。この点で平松は「ヤサシイワタシ」におけるヤエとは異なっている。だから外側からは入り口が見つからない。

「さよならテリー・ザ・キッド」さんの「ヨイコノミライ」感想(http://d.hatena.ne.jp/./hurricanemixer/20061103)に、父親を張飛と呼ぶ俺少女の話があったのですが、それを読んでたら、私の中学の同級生で、自分が義経の生まれかわりだと主張していた子のことを思い出してしまった。ある日突然「よう!久しぶり」と私の肩を叩き、同じクラスであるのに久しぶりとは何事かと思ったら、その時の彼女には義経がおりてきており、「見知った顔がいると思えばお前(私)はなすのよいちではないか」とか云々。もちろん私だけでなく、クラス全員で源平合戦主要登場人物勢揃いしていた。あれから十年以上経った今では単純に面白い状況に感じるんだけど、当時はやっぱりちょっと怖じ気づくとこがあったのはひとえに彼女の本気さによる。
ヨイコノミライ」における平松さんを見る気分は、あのときのぐったりというか無力感に近い。
しかし彼女が平松さんと違ったのは、とにかく絵がうまかったことだ。そして最近、本屋に行くと義経の彼女と同じ名前(漢字違い)の漫画家を見かけるようになった。確かめるつもりはないけど、あの子だったらちょっとうれしい。

ヨイコノミライ」ラストの有栖川と平松の対比を絶望と見るか希望と見るか。読む人それぞれの感想があると思うけど、ともかくそれは背中あわせにある、と思った。夢は漫画家。漫画家は夢だ。たとえプロになれなくたって、書いたり描いたりすることの楽しさ、上達することの面白さっていうのは経験できるだけですばらしいことだと思う。そういう感想も抱けるという点で、やっぱり「ヨイコノミライ」は、熱血漫画道漫画だと思うのだ。
ヨイコノミライ完全版 4 (IKKI COMICS)

ヨイコノミライ完全版 4 (IKKI COMICS)