わたしを離さないで/カズオ・イシグロ

わたしを離さないで

わたしを離さないで

ぜひ読んでみて、と言われて手に取った。はじめてのカズオ・イシグロ作品。ひとことでいえば、すごく面白かった。
とりあえず、この物語を読むには、できる限り前情報がない方が良いと思う、と一応前書きしておきます。
私がこの物語を楽しめたのは、「前情報がない方がいい」ということを知っていたので、だからこそミステリを読むような心持ちで読みはじめたことで、物語にうまく「のれた」からだと思う。
この物語は終始主人公の一人称で、回想として語られ、だからこそ肝心なことがかなりの間隠されているし、やがて、全ては失われてしまっていることもわかる。私はそのミステリ要素を楽しみ、切なさを存分に味わった。ただ、これにのれない人もいるのは容易に想像できる。だから、この作品が、これほどまでにヒットしたのは、もしかしたらロマンスとして受け取られているからなのかもしれない。雰囲気としては、村上春樹ノルウェイの森」と近いものを感じる。
私は「わたしを離さないで」を読みながら、“ページをめくるのがとまらないくらい面白い”と思った。それは、そのSF的な設定はもちろんのこと、主人公と、常に集団のリーダーである友人ルースと、その彼、という三角関係のパワーバランスにあったと思う。物語を牽引する駆け引きに継ぐ駆け引き。ハラハラするようなやりとりと、それを冷静に描く未来の視点の違和感が、SF的な設定ともよく噛み合っていた。
【以下さらにネタばれ】
SF的な設定、とはつまり、彼らが臓器提供の為に生み出されたクローン人間であるということだ。ただし、その内面の描かれ方を見る限り、心理的に人間となんら変わりなく、描かれている。
いつかやってくる欠落への心構えを持って生きるということ。その一点によって彼等は差別されるのだけど、物語はその差別による葛藤はほとんど描かない。
ただ、未来からの醒めた/抑制された視線と、取り返しのつかない日々への憧憬との間にある摩擦が、たまらない気持ちにさせるのだ。
たとえば物語のラスト、p341で語られるトミーの打ち明け話は、ただ過去に手を伸ばして触れる、というそのことだけで読者の心をかき乱すのではないだろうか? この語りの「なんていうことなさ」には参った。
ただ、すすめてくれた人に「面白かった」と言ったら微妙な顔をされてしまった。「悲しくない?」と訊かれたが、悲しい、という言葉はなぜかすぐにはでてこなかった。

ちなみに、読んでいる間中、トミーの顔が若かりし頃のショーン・ペンと重なってしまって、最後までそのイメージを拭えませんでした。