夕食を待つ

日曜日、夕方の少し手前の半蔵門線に乗っていた。
向かって右手の座席には、母娘が肩を寄せ合い、唐揚げの話などしている。唐揚げがいちばん好きだ、でも毎日ではあきるでしょう、あきないよ、ほんとに? 初恋が永遠に続くと思っていた頃のような、あっけらかんとした確信をもって娘が断言する唐揚げ愛に、母親はゆっくりと笑っている。どこか上の空で、中刷り広告など眺めるふりしながら、頭の中ではきっと唐揚げビジョンが広がっている。そんな顔だった。それを見ている私は、ふたりとも色がしろいので、使う鶏肉はササミだわ、なんて思うが、ササミを食べると色白になるという話は聞いた事がない。

その母娘から眠っている人をニ人ばかりはさんで、向かって左手の座席には喪服の親子が座っている。優しげな父親と、その膝にもたれる娘、雨だからだろうか喪服にスニーカーを履いているのが、どこか学校の先生を思わせる母親の、三人ともがぞれぞれに、ひとめで家族だとわかる、よく似た顔をしていた。女の子が話しかけているのは、私の妹の向こう側に座っている女性で、おそらく彼女の祖母なのだろう。地下鉄だから見えないの、という一言がうっすら聞こえた以外は、地下鉄だからかその会話を聞き取ることはできなかった。ただ私は、あの女の子にはまだ、その喪服の意味はわからないのだということを、思う。はしゃいでいる。世界はたぶん、彼女を中心にして回っている。

その世界に、含まれていない私は、ぼんやりと、妹の見た夢の話を聞いている。お母さんが、すごい太る夢みたんだよ。ひどいね。ほんとすごかったんだって、ポルコくらいだもん。そりゃやばい。でしょ。ま、夢だ。聞きながら、時折、ジッと目を閉じる喪服の父親の仕草が、誰かに似ているなと思う。その誰かって、わたしの父親だ、と渋谷駅で降りるときに気がついた。

電車を降りた妹が「せつないね」と眉をひそめる。「何が?」「あのおばあちゃんの話だよ」夢の話をしながらも、ちゃんと聞いていたのかと驚いて「私にはまったく聞こえなかった」とこたえる。
妹の話では、どうやら、あのおばあさんは今日、あの三人家族の家に、泊まる予定らしかった。それを「ぜったいだめ!」と女の子が言いつづけていたらしい。「『じゃあ晩ご飯抜きでもいーい?』とかいっちゃってさあ」と妹が言う。「そしたら、おばあちゃんが『お願い,もうおじいちゃんもいなくて、さみしいのよ』っていったんだよね」
それを、妹はせつないと言ったのだった。「それで最後には、お風呂場でもいいから、っておばあちゃん言ってた」

それから私たちは、買い物をして、二度目のエヴァを見て、帰宅して晩ご飯を作って、食べた。豚肉とタマネギとしめじを卵とじにした、他人丼、のようなものを食べながら、旅行中の母親が太って帰ってくる夢の話をまたした。
唐揚げの子は、きっと唐揚げを食べただろう。おばあちゃんと孫も、そろって食卓を囲んだはずで、願わくば、その食卓のにぎやかさが、女の子の言葉をゆるしてくれればいいのにと、いつかの自分の振る舞いを思いだし、図々しくも願う。
風呂に入りながら、タイルに丸くなることを想像する。それはやっぱり、さみしい光景だと思った。