香港のお粥

空港に着いたのは夜で、荷物を受け取ってロビーに出ると、すでに半面は照明が落ちていた。街に出ればどうにかなるだろう、とたかをくくっていた私の楽観は、その寂しい光景を前にたやすくへし折られ、次の瞬間には案内所でホテルの空きをたずねていた。
久しぶりに使うたどたどしい英語でなんとか希望の予算とエリアを伝えると、案内所のおばさんは無表情でクーロンなんとかというホテルのパンフレットを差し出した。空室チェックとかしないの、と訝しく思いながらも、ビジネスホテルのような外観写真にとりあえず安心して、予約を頼むことにする。
去り際、小声でサンキューといった私に、口元だけ笑って答えてくれる。表情の作り方の違いは、外国に来たなあ、と感じる瞬間のひとつだなと思った。

空港を出て、九龍行きのバスを見つけて乗り込む。運転手にパンフレットを見せると、「近くは通るけど、そこには止まらない」というようなことを言われたので、地図と通りを見比べながら、目印になるでかいホテルを見つけたところであわてておろしてもらう。
しかし目の前のホテルから、クーロンなんとかホテルまでの道が見つけられず、地図を手に立ち往生していたのが23時頃。何人かの人が声をかけてくれたけれど、夜で警戒心が高まっていたためすべてシカトで通し、地図を頭に叩き込んでから、できるだけ、余裕たっぷりに見える顔でと心がけて歩き出す。

そんな訳で、私がはじめての個人旅行で、はじめての宿にたどり着いたのは、もう日付も変わった頃だった。
薄暗い路地は避け、大通りだけをえらんで歩き、なんとかあのパンフレットと同じ外観を見つけたときには、本当に安心した。チェックインを済ませてドアに鍵をかけ、風呂にも入らずそのまま眠り込んだ。

翌朝、窓の外が明るくなっているのを見て、太陽が出ているってなんてすばらしいことなんだと思ったのをよく覚えている。
とりあえず何か食べようと思って外へでると、昨夜目印にしたホテルはなんと道の向こう側にあった。要するに、地図で拠点にしていた場所が違っていたのだなと気づき、ほんと、よくたどり着けたもんだと苦笑しながら、やっと街の一面が見えたような気がしていた。
見慣れぬ文字が並んだ飲食店をいくつかのぞいて歩きながら、粥屋のおばちゃんに声をかけられ、今度はあっさりと釣られてみる。
空腹と安心のせいもあると思うけれど、とてもおいしいお粥だった。そして、その店で私は初めての広東語を使ってみたのだった。多謝。

先週、ちょっと胃が痛いなーと思ったときに粥を作って食べたのだけど、粥というと、今でもその朝のことを思い出す。香港のお粥は日本のそれとは全然違って粘り気があって、味もしっかりついている。
その後も何度か香港へは行っていて、そのたびに朝はお粥を食べるのだけど、あの朝の粥ほど、わくわくしながら食べたものはないよなーと思う。