「シュタインズ・ゲート」をやりました

あちこちで感想を見て気になって弟のXBOX360を借りてやりました。ちなみに箱○って略称の○が360度から来てることに気づいたのはわりと最近。

Steins;Gate (シュタインズ・ゲート) (通常版)

Steins;Gate (シュタインズ・ゲート) (通常版)

正直なところ、途中までは少し退屈だった。ノベルゲームは嫌いじゃないんだけど、細かいやりとりが中心で話はなかなか進まないし、年末年始で忙しかったせいもあってか、なかなか勢いがつかなかった。だから最初のエンディングに入るまでに1ヶ月半くらいかかってしまった。
でも、最初のエンドを見て、このままじゃ終れないなーと思って2周目はじめた頃には、オカリン(主人公)の厨二病ぶりにも愛着を感じていたし、最初は喋り方がゆっくりすぎて台詞とばしがちだったまゆしぃも、登場するとほっとするキャラクターになっていた。
そして最後には、あのちょっと退屈だった日常パートにも、ちゃんと意味があったんだと思えた。
「かもしれない」って考えてるとどれも間違いのような気がしてしまうけど、どこで振り返るかできっと、その選択の捉え方も変わる。だから、どのENDが正解とかではなく、その時に一番大事なことを選ぶという過程が物語になる。願望も少し入ってるかもしれないけど、そういう話だと思いました。

終ったばかりだからか、不意に皆の口癖思い出したりすると、自分だけ別の世界線に取り残されてしまったような気分でちょっとさびしい。
まだ書きたいことまとまらないんだけど、忘れないうちに、以下ネタばれ各ENDごと感想メモ。長いです。

鈴羽END

先を考えずにやっていたので、え? ダルが? まじで! って驚いた。ここにでてくる「形見」が、ラストに少しデザインを変えて再登場するのもいい。
でもやっぱり6章で一番切ないのはあの手紙だな。鈴羽にリーディングシュタイナーがあったらつらすぎる。あと同じ日々を繰り返すうちに精神が磨り減っていく過程も見ててしんどかった。
ただ、「忘れてた」というのが問題なら、忘れないようにする方法はいろいろあるんじゃないのってのに少しひっかかった。たぶん、同じだけの時間をまた過ごさせるのはしのびないということなんだろうな。

フェイリスEND

勢いづいたのはこのエンディングを見てからでした。最後までやってみても、やっぱり1番悲しかったのは、このフェイリスENDだと思う。
「自分以外の皆の記憶が失われてしまった世界」で、ついさっきまであんなに仲が良かった人たちと他人のような会話をするせつなさといったらなかった。
つい「人の中で一人ぼっちだって感じるより一人っきりで孤独を感じる方がマシ」というフェイ(ビバップ)の台詞を思い出したりする。
まゆりとの距離感は幼なじみ設定どうなってるんだろうって思ったりもしたけど、とにかくダルとの会話が切なくて仕方なかった。

るかEND

正直ルカ子は声が、小林ゆうさんだなあということで、ちょっと面白かったです。最後の展開とか熱いんだけど、これまでのとか考えると踏みとどまる理由がちょっと弱い気もした。そういう比較の話じゃないんだよねってのはわかるんだけど。

9章

エンドではないけど萌郁編といってもいいのかな。この章は5章でなんでって思ったキャラがここでタイムリープしてるのがわかって、それがほんとにこわかった。
そろそろ時間軸が入り組んで破綻しそうなギリギリのとこだけど、緊迫感のある展開なので気にならない。

まゆりEND

正直なところ、5章まではまゆりがトゥルーエンドになると思ってました。そのくらい大事なキャラなので、思いいれもあるんだけど、6章以降で完全に紅莉栖びいきになってしまったのでつらいエンドでもあった。

紅莉栖エンド

トゥルーエンドへの布石的なエンドだと思う。あの最後のエンター押すとこで、先に送るのが切なかった。

トゥルーエンド

このエンディングは、全部のエンド見た後に見なきゃと思いました。
ネタばれだけど、あのエンドロールにノイズが入ったときには涙腺切れた。
それから、あのムービーメール。ここまでかけてきた、否定とやり直しが、肯定されて、その思いつきのしょぼさも厨二病も相変わらずなことにぐっときた。
フェイリスのときに、忘れられてしまうのはほんと悲しいって思ったけど、それは、ダルもまゆりも紅莉栖も、オカリンが真面目な顔した時にはちゃんと話きいてくれたからだよなあ、とか思いながら、ラストシーン、やっぱりオカリンこと鳳凰院凶真さんは相変わらずなのに笑った。
「これが運命石の扉シュタインズゲート)の選択」ってあの、何回も聴いた厨二台詞に、まさか泣けるときがくるとは思わなかったよ。

そんなわけで、序盤は正直長いなーって思いながらやってたはずなのに、今となっては、ふとした隙に「まゆしぃはねえ」とか「ハカーじゃなくてハッカーだろjk」とか「トゥットゥルー♪」とか「オカリンオカリン」「ほぉぉおおいんんきょおおお(はじまると飛ばしてた)」なんて、何度も何度も聴いた台詞がよみがえってきて、どれも実際口にだすのははばかられるよーな台詞なんだけど、なんか寂しくなったりしました。楽しかった。

余談

分岐は攻略みてしまいました。自力でできる気がしなかった。2周目にいろんな伏線回収したりもできるのもよかったです。キャラクターの絵がもうちょい種類あってもいいかなと思ったけどまあいいや。
物語に登場する秋葉原の風景については、秋葉原に疎い私でも半分以上知ってる場所で嬉しかった。特に、よりによってラボの場所のモデルになったとこ知ってたのは奇遇だったな。あはは。
あと、タイムマシンがでてくるSFってほとんど見たり読んだりしたことないものの、Dメール、タイムリープマシン、タイムマシンって3種類のタイムマシを使い分けた脚本も面白かった。
あ、あと一番笑ったのは「げっぷとすだちと声優とじゃこ」だった。

まとめ

長いですがもうちょっと。
プレイヤーとしては、オカリンとはまた別のリーディングシュタイナーを持っているってことになるので、やってるとちょっとごっちゃになるけれど、各エンドについての記憶は、トゥルーのオカリンにはないんですよね。
トゥルー以外のENDはどれも寂しい終わりのような気がしてしまうけど、

「あんたの主観がβ世界線に行ってしまっても、私の主観はここにとどまることだってできるのかもしれない」
「精神はどこにあるか、って話、そして私は、私の精神をあんたの好きにさせたくない」
(略)
「だから、あんたは何も心配することはない」
(略)
「まだ誰にも、なにも、証明されてないから2036年時点では証明されていたとしても、その証明を今の私たちには確認できないから」
「そう考えれば」
「未来の可能性は無限よ」

ラジオ会館の屋上で交わされる、この紅莉栖とオカリンのやり取りは、どのシナリオにも言えることなんだと思う。
タイムトラベルで「やり直す」って現実的に考えれば反則のような話なんだけど、それが最後まで「かもしれない」を諦めなかったムービーメールにたどり着くことで、「間違い」だと思っていたことに意味が生まれる。あの、物語が一本になる瞬間にぐっときました。
つまり「シュタインズゲート」は最後まで岡部倫太郎のお話で、それぞれのキャラクターにはまた別の、可能性があるのだと思う。その先に何があるかわからないということを、心強く思うか不安に思うかなら、どっちを選ぶかなんて決まってる。
最後までやってよかったです。楽しかった。