シングルマン

監督:トム・フォード
冒頭の、スーツの右肩に薄く張り付いた雪の様子を見て、なんとなくこの映画が好きだなと思った。
特に衣装にまつわる演出については、ファッションデザイナーである監督ならではなのかな、と感じるカットも多いのだけど、きっと監督が誰かを知らなくても、必要なものが「あるように」画面の整った作だと感じたと思う。
60年代に発表された同名小説が原作ということで、人々のファッションも60年代のものなのだけど、ファッションだけでなく顔つきまで、写真や映像でしか知らない、その時代のものに見えるのがすごい。特に教え子の男の子の、あの笑い方とか、白いセーターの襟ぐりの感じとか、「60年代風」の映像ではなく、空気ごとそこにあるような気がした。

主人公はゲイの男性で、物語は彼が、亡くなってしまった恋人の夢を見るところからはじまります。主人公ははずっと、もやのような悲しみに包まれていて、時折、波が覆いかぶさるように、日差しに目がくらむように、恋人の思い出がやってくる。それはまさに、「何を見ても何かを思い出す」という状態で、その主人公の様子を見て私が涙ぐんでしまうのもまた、彼の仕草に何かを思い出すからなのだろうと思った。
主人公の、言葉にすることと、その身にまとう悲しみとの乖離、視線に現れる絶望、期待、怒りなど、言外の演技がすばらしく、整った画面を、切実なものとして裏付けていたように思います。
特に気に入ったのは、主人公が「変身」を、彼が「ティファニーで朝食を」を読んでいる場面。彼の、あの少しあごをあげて喋る感じはとても魅力的で、主人公もまたそのように、彼を見たのかもしれないなと思う。