「ミュージック・ブレス・ユー!!」/津村記久子

ミュージック・ブレス・ユー!! (角川文庫)

ミュージック・ブレス・ユー!! (角川文庫)

遠出をする用があった朝、思いついて改札のそばにある書店に寄り、友だちがおすすめしてくれたこの本を買った。明るい電車内で左手に真新しい文庫本の弾力を感じつつ、探している本が1軒目で見つかるのってすごく気持ちがいいなと思った。
物語は、音楽が好きな女の子、アザミの高校生活を描いたもの。歯列矯正のゴムの色を気にしたり、慣れない人との会話を億劫に感じたり、正義感溢れる友人の無茶につきあってみたり、進路が決められなかったり、そこにあるのは、どこにでもいそうなひとりの女の子の高校生活で、ドラマチックな挫折と成長があったりするわけではない。
いろんなことに意味や効果や価値を求めようと煽られているように感じることってあるけれど、主人公はそういった煽りには徹底して鈍感(たぶん)であり続け、大好きな音楽も、ただありがたく受け取っているように見える。その好きへの向かい方って、大人になって思い返すと特別なことだ。

音楽を聴くと、それが鳴っている何分かだけは、息を吹き返すことができる。アザミはときどき、自分はその何分かをおびただしく重ねることによって延命しているだけだと思う時がある。/p69

アザミの感じていることは、ちらほら私にも見覚えがあるものだったりして、財布と相談しながら今月はどのCDを買うかということで何日も悩んでいた高校生の頃に読んだら、きっとまた違うことを感じただろうなと思う。
今となっては、気持ちが離れてしまった好きもあるのだけど、あのどうしようもなさは今でもちゃんと覚えているし、そのことを思い出すのはとても楽しいんだなということを、久しぶりに感じたりした。

ヘッドフォンを装着し、暗い窓に映る自分の顔を眺めながら、アザミは電車が自分の最寄り駅に着くのを待った。外が暗いと窓に自分の顔しか映らないので、できれば夜は車両の電気は消して欲しい、などといつもながら無理なことを思う。/p125

この部分を読んで、私もこれよく思うなーと親近感がわいたのだけど、最後まで読み終えてみると、ほとんどアザミの視点で周りの登場人物を描きながら浮かび上がってくるのはアザミ自身の輪郭であるというこの本全体のイメージが、このシーンに重なるような気がした。
最後の最後、何かが見えそうなんだけど、それに結論をつけずに終わるところも好きです。面白かった。