自動販売機


子どもの頃、家のすぐ近くに自動販売機があった。
4本くらいしか売ってない旧型の自販機で、ところどころ錆びてすらいたような気がする。
動いてるのかどうかすら定かではなかったそこで、1度だけジュースを買った事がある。
地域の運動会的なものに参加した日だった。
母親は弟たちの世話で留守にしていて、1人で参加して1人で帰宅した。
やり遂げた気分で高揚していたのか、そこで私は少し大人っぽい事をしたい気持ちになって、自動販売機でジュースを買うことにしたのだった(おそらく何かの時のためにと小遣いをもらっていたのだろう)。
買ったのはアンバサだった。今は滅多に見ないけれど、確かにアンバサだったのは覚えている。
気取ってソファに寝転んで飲んで、気管に入って盛大にむせたからだ。

家から15秒もかからないところにあったのに、あの自販機を使ったのはその一度きりだった。
いつなくなったのかすら、覚えていない。

先週、夏休みの真ん中あたりに、雨が降ったり止んだりする妙な天気の日があった。
それでも、雨に濡れることなく午前中からいくつかの用事をこなし、今日はラッキーだなんて思っていたのだけど、
一度家に戻る途中で、不意に意識が朦朧としてきたことに気がついた。
湿度がとても高く、濡れた路面から立ち上る蒸気がまるでサウナみたいで息苦しい。
もしや熱中症になる寸前なのではと思ったが、最寄りのコンビニはすでに通り過ぎてしまって、あとは自宅までまっすぐ、何もない長い道を歩き続けるだけだった。
これはまずいな、なんて思いながら無心で歩いていた時、
ふと路地の奥に自動販売機があることに気がついた。
3年近くこの道を通っているのに、今まで一度も目を向けた事がなかったし、正直こんな住宅街の奥にあって誰が買うのだろうと思った。
しかし今の自分にとっては天の助けだ。
実家のそばにあったあれだって、こんな風に誰かを救う自販機だったのだろうなんて大げさなことを思いながら路地に入り、小銭を入れて、普段は飲まないコーラのボタンを押した。
そのまま、自販機の前でコーラをがぶ飲みする自分を想像すらした。

しかし出てきたボトルを手に取ると生ぬるく、私は裏切られたような気持ちのまま帰宅した。

このことを先ほど、冷蔵庫を開けて思い出した。
これを飲むのにうってつけの日が来るまで、きっとこのままになるだろう。