7月24日通り/吉田修一

7月24日通り

7月24日通り

昨年末に発売された、吉田修一の新刊。
デビュー作を読んだ時に、エンタテインメントじゃないけど、すごくずっと長いこと、活躍し続ける作家になるんだろうな、と漠然と思い、「パレード」を読んで以降、とても好きな作家の一人になった。
しかし、あの「東京湾景」のドラマ化があって、新しくかけかえられた帯を見る度に、なんかちょっと切なくなり、少し気持ちが離れたりもしていた。まあ、実際ドラマと小説は全く違う内容になっていたけれど、あれのおかげで一気にメジャーな作家となったのは確かだと思う。
そして、この作品の帯に「恋の奇蹟。」と書いてあるのを読んで、なんだか吉田修一の作品世界まで変わってしまったような気がして手に取るのが遅れていた。買ってからも、ずっとこれから読む本の棚に積んであった。だいたい、私は恋とか愛とか表紙に書いてあるのが苦手で、ただそれだけの事なんだけど。
でも読んで良かったです。
吉田修一という人は、その作品世界にも現れているように、ほんとうにフラットで、文章の中に作家本人の匂いのしない珍しい作家だと思う。そして私がいつも上手いなあと思うのは、物語を現実に見聞きしているような感覚になる、その描写力だ。でもその視線は常にニュートラルで、なんか乾いた感じがする。そこが好きだな、と再確認できた作品。
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「7月24日通り」というのはポルトガルリスボンにある通りの名前。
この作品の主人公である女性が、自分の住む町とリスボンの地図を重ね合わせて空想している、というところから物語が始まる。この、リスボン≠この町という構図が、物語の中心的な暗喩として使われているのだけれど、その設定が突飛でもなく分かりにくくもなく、しっくりきている。
主人公が女性、というのも吉田修一作品では珍しいけれど、違和感は無い。周囲の評価でしか自己を確認できない先輩を見る目線や、「平凡」である自分に対するあきらめとプライドが入り交じるところなんかが、読んでいてぐっときました。異論はあるだろうけれど、角田光代の「明日はうんと遠くへいこう」の主人公と、ひぐちアサの「ヤサシイワタシ」の雰囲気に近いものを感じました。
結末には少し驚いたけれど、作者は決してこの決断を推奨している訳でもなく、ただ、自分の殻を破るという行為を1つのパターンとして見せてくれた気がする。
この先、主人公は幸せに暮らしましたとさ、という感じが全くなく放り出される感じが気持ち良いです。
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文中に出てきた「ポルトガルの海」という詩集も読みたくなりました。

「わたしたちはどんなことでも想像できる、/なにも知らないことについては。」

って、すごく良い言葉ですね。
ポルトガルの海―フェルナンド・ペソア詩選 (ポルトガル文学叢書 (2))

ポルトガルの海―フェルナンド・ペソア詩選 (ポルトガル文学叢書 (2))