サッドヴァケイション

監督:青山真治
とてもよかったです。よかったと思いながら見れてほんとうにうれしい。
ユリイカ」は小説もふくめ、私にとって本当に特別な作品だっただけに、「Helpless」「ユリイカ」に続く北九州サーガ最終章として作られたこの映画の、テーマが「母性」と聞いた時には正直なところ不安もあった。
けれど実際に映画がはじまってみると、あっという間に引き込まれるこの「北九州っぽさ」。会話のひとつひとつが、嫌みなく自然で心地よい。懐かしいひとたちがいて、彼らの上にひとしく時間が流れたことを感じる。続いている部分と、新たに開いたかのように見える部分と、その陰影に圧倒的な存在感がある。中でも、浅野忠信さん演じる健次はすばらしかった。恋人といるときには、届きそうで届かない背中を見せるくせに、母親と相対する場では、あっさり飲み込まれてしまう、その小さな肩。
石田えりさん演じる母親を見ていると、母性とは恐ろしいものだな、と、思う。時折、その表情が、まるで生暖かい沼のようにうつる。それと同時に、「男の人は好きにしたらええんよ」というあの台詞には、予告でみていたときの印象とはまったく違う、物語の流れのなかで、非常に納得してしまうところがあった。
健次の人生とは、青山監督の言葉からひけば、

「鳥の糞のように落下してくる理不尽な死とそれとほぼ同じ確率で手に入る満足の発見との、ミリ単位の競合だった」/「ホテル・クロニクルズ」より

という感触に近いのではないか。そして、それに立ち向かおうとする様は、不器用なまでに真っ直ぐだ。
そして散り散りになっていく彼らに、苛立ちの一端を垣間見せるのが、あの台詞だったのだと思う。
しかし、母性という「場」として彼らを迎え撃つには、やはり笑わなければならないのだろう。この映画に登場する女性たちの表情には、そう思わされる迫力があった。