読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

 恋人たち

監督:橋口亮輔
最近、映画や物語には、その世界に自分がいないからこそ、ただ物語として受け取ることができて楽しい、という種類のものがあるなということを考えていて、そういう意味でこの「恋人たち」は、それとは正反対の、確実に自分がいる世界のお話だからこそ、気持ちを揺さぶられる映画だなと思った。
登場人物の中の誰かに感情移入したとかそういうことではないのだけど、ただ、あの映画と自分のいる世界は地続きだと思ったし、そこで描かれているのは自分にも関係のある話だった。
「恋人たち」は、主に3人の主人公がそれぞれの抱えているものと向き合う過程のお話。ただ、そのような瞬間というのは誰にでも起こりうることで、つまりその3人だけでなく、周囲にいる人たちや映画をみている自分たちもまた、彼らと同じように物語をもつということを、繰り返し訴えかけられているような気持になる、とても誠実な脚本だった。

映画を見た後に、タマフルのムービーウォッチメンでやった「恋人たち」評を聞いたのだけど、そこで語られていたことにすごく印象的なエピソードがあった。物語中、主人公の一人がもう一人の主人公から言われるある心無い一言があるのだけど、それが、監督が実際に言われたことのある言葉だった、というものだ。
つまり監督は、自分が受けた傷をもってなお、それを投げかけた相手を物語の主人公として創造してみせたということでもある。
映画は、その言葉を吐いた男もまた、追い詰められ余裕をなくしていた(むしろ目の前の悲惨な状況にいる男が手に入れていたものを羨ましく思っているのではないかというほどに)ということが痛いほどによくわかる描かれ方をしていた。「恋人たち」は、そのように、相手にも物語があるということを失念してしまうことが、他者に対する残酷な振る舞いを招く、というお話でもあったと思う。
自分もまた、あの人は「○○な人だから」と切り捨ててしまってはいないだろうかと考える。もしくは自分の抱えている悩みを支えきれず、他者の痛みを慮ることを放棄したことはなかったかと考える。あったはずだと思う。
自分の中にある切実は他者の中にもあるのだということを、知っているはずなのに、人は、この映画のような視点で世界を見ることはできない。生きている限り視点を自分から移すことはできないから、想像するしかない。自分ではない、誰かの気持ちを想像していたい。そう思うような映画だった。
すばらしかったです。本当に見てよかった。